裏僕小説その3
□九十九×夕月「最愛の果てに辿り着く場所」
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黄昏館の敷地を、夕月はかれこれ一時間は歩いている。
広い館内と、外庭をくまなく探しても、常にマイペースで行動をする彼を見つけるのは至難の業だ。
噴水のある中庭を覗き、近くの林にも足を延ばしてみた。
さすがに、そろそろ足が辛い。
急ぎの用事ではないし、食事の時にでも会えるのだから一旦部屋に戻ろうかと考えていると、思いがけなく探し人の姿を見つけることができた。
「いた、九十九…くん…?」
途中で声を掛けるのを躊躇ったのは、彼が辺りに何もない地面に背中を丸めてうずくまっていたからだ。
屈んだまま微動だにしない彼を見つけた時、夕月は具合が悪くて動けないのかと思い、慌てて駆け寄った。
「どうしたんですか?どこか痛いんですか?」
「……夕月…」
背中をさすられて、ようやく夕月の存在に気が付いた九十九が顔を上げる。
穏やかな光を宿している瞳は涙の膜が張り、哀し気に濁っていた。
目許と鼻は赤くなり、一目見て泣いていたのだと解かる。
九十九は夕月の姿を見ると、しゃがんだまま腕だけを伸ばして肩に縋り付いた。
夕月がもう一度、どこか痛むのかと問い掛けると、九十九は小さく首を左右に振るばかりだ。
やがて九十九は視線を地面に戻し、夕月もつられて下を向くと、一匹の小鳥が横たわっていた。
ぴくりとも動かない小鳥は、濁った目を虚空に向けて、静かに息絶えている。
「……死んじゃったんだ。…昨日までは、一緒に話してたのに」
言葉を発しない動物と心を通わせることができる彼は、人も動物も分け隔てなく愛情を注ぐ。
それだけに、亡くなった命に対する悲しみは誰よりも深く、彼自身にしか理解できない哀悼と思いやりに溢れているのだと、夕月は思っていた。
九十九は消えてしまった命に泣いている。
だが自分には、去った魂に対してはどうすることもできない。
夕月はそっと、地面に横たわった小鳥に触れた。
「……まだ、温かいですね」
つい先程まで確かに生命が存在していた頃の、生温かなぬくもりが柔らかな羽毛を通して伝わってくる。
死者に対する尊厳と敬意をもって、小鳥を両手で包み込み、その様子をじっと見つめていた九十九に微笑みかけた。
「一緒にお墓をつくってあげましょう」
小鳥が静かに眠ることができるように、もしも生まれ変わったら、また飛び立つことができるように、二人は景色の良い大きな木々の下を選んだ。
小さなスコップで眠る場所を掘り、両手でそっと土をかけてやり、摘んできた花と線香を供えてから九十九と夕月は手を合わせた。
九十九はぽつりぽつりと、小鳥との会話を夕月に話し出す。
生まれてすぐに親とはぐれてしまったこと、一人で懸命に生きていく苦労、黄昏館に羽を休めにきて、九十九と出逢ったこと。
夕月が耳をすませていると、盛り上げたばかりの土の上に、雫が落ちては土に吸収されていく。
「…幸せだったと思います。九十九くんに看取られて…こうして泣いてくれているんですから」
夕月はポケットからハンカチを取り出して、涙に濡れた九十九の目尻を優しく拭う。
九十九は小さな子供のようにされるままになり、やがて堪え切れなくなったのか、夕月の肩口に顔を埋め、小さく声を上げて泣き出した。
夕月は自分よりも少しばかり大きな背中に腕を回し、震える身体を優しく包み込んだ。
寄り添うことしかできない。
共に泣くことでしか、慰める方法を知らない。
哀しみを分かちあえることを望んで、好きなだけ涙を流せるように、夕月はただ、傍に居続けた。