裏僕小説その3

□愁生×夕月「嫉妬心」
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明日は休日。

夕月と何処に遊びに行こう。

彼はどんな所が好きなのだろうか。

昼食は何を食べようか。

夕食も二人で夕月の好きな和食を食べて、夜景が美しいと評判の展望台にも行こう。

夜は帰らないと周りがうるさいだろうか。

でもせっかくだから、祇王系列のホテルに泊まって、二人きりで朝まで過ごしたい。





都内のテーマパークやデートスポットが特集された雑誌を捲り、愁生は高鳴る胸を抑えられずにいた。

まだ誘ってもいないのに、彼と出掛けることを前提に、あれやこれやと想像を巡らせては彼の優しい笑顔を思い浮かべ、楽しむ自分がいる。

傍目からでは分からないが、目尻が下がり口許も緩んだ、まるで初デートにでも行く中学生のような、滑稽な顔をしているのだと思うと、知らず内に苦笑が浮かんだ。

何度も数冊の雑誌を見比べては、夕月の一番喜ぶ行動、最適な言動をシュミレーションしている。

さり気なく夕月を誘えるだろうか。

きっと彼は嬉しそうに笑って承諾してくれる。

だけど、たった0.1%の可能性だが、断られてしまったら?

きっと自分は大きなショックを受けるだろう。

元来の利発さも手伝って、勝手に想像しては、勝手に傷付く自分がいる。

それもこれも、大好きな恋人がいるせいだ。

恋とはつくづく人を変えるものだと、身をもって実感する。


綿密な計画を練ったところで、愁生はいよいよ夕月を誘いに行こうと腰を上げた。


ドアの取っ手に手を掛けたところで、押してもいないのに外側から取っ手が引かれる。

「愁生!いるか!?って、うわあっ!?」

活発な声と共にドアが勢いよく開いたかと思うと、背の高い黒影と真正面からぶつかった。

どすっと言う音に次いで大柄な人影は後ろによろめき、尻餅をつく。

かろうじて踏み止まった愁生は、急に現れたパートナーを横目で睨んだ。

「焔椎真、入って来る時はノック位しろ」

「悪い!つーか愁生こそ、イキナリドアの前にいるからビビったじゃねえか…って、今はそんな場合じゃねえ。邪魔するぜ!」

運命共同体のパートナーは、勝手知ったるとばかりに、愁生が先程まで座っていたベッドに腰を下ろす。

そんな調子の彼に文句のひとつも言わず、愁生は呆れたような、しかし嫌味のない溜息を吐き、隣に腰掛けた。

「そんなに深刻な顔をして、どうしたんだ?また、担任に多めの課題でも出されたのか」

「そうなんだよあのハゲ!俺にばっかネチネチ小言言いやがって…って、違うんだ。じ、実はな、お前にすごーく大事な相談があって…」

てっきり泣きつかれて課題を手伝う羽目になるのかと思ったのだが、そうではないらしい。

凛々しい眉毛をへの字に下げて、無造作に整えた金髪が心なしか萎れている。

しかし息せき切って来たのか顔は耳まで赤く、口許が妙に崩れている奇妙な表情の相棒に、一体どんな悩みがあるのかと視線だけで先を促した。

「じ、実はだな。さっき、勇気を出して、もの凄く出して、夕月を遊びに誘ったんだ」


「……………へえ」


数泊ののち、愁生は顔の筋肉を総動員して微笑を作りあげた。

愁生の微妙な間に気が付かなかったのは、焔椎真が鈍いからではなく、過度な興奮の為に、自分の内側にしか目を向けられなかったからだ。

「………それで、夕月はOKしたのか?」

「ああ!笑っていいですよって言ってくれたんだ!二人で出掛けるのって初めてだし、俺マジ嬉しくて!」

「…そうか。ヨカッタナ」

仮面のように貼り付いた微笑を浮かべ、愁生は彼の爆発した歓喜に耳を傾ける。

そのうち焔椎真はもじもじとしだして、可愛くはないが少女のように恥じらい出した。

「それでな、頼みっていうのは、俺にその…友達と出掛ける時の、心得なんかをレクチャーしてくれないか!?ほら、おまえって、貴公子サマなんて呼ばれてるし、エスコートしなれてるだろ?だから…」

「彼女とデートでも行くみたいだな」

頬杖をつき揶揄するように言うと、焔椎真はベッドから跳び上がり、あたふたと慌て出した。

「ち、ちち違うぞ!俺はあくまでも、とと友達として誘ったんだ!べべべ別にやましい気持ちなんかねーよ!」

言葉の端端に、夕月に対する親愛が溢れてしまっていることに気付いていないのだろうか。

おそらく、自分と焔椎真の夕月に対する思いは同じなのだろうが、敢えて素知らぬ振りをする。

序列で言えば、恋人だと名乗れる自分の方が上。

だが、夕月との関係を大切なパートナーにはまだ告げていない。

「落ち着け。おまえが粗相をしでかさないように、おれがきちんと『友達』としての心得を教えてやる」

「おう!頼むぜ愁生!」

大型犬のような図体を直角に曲げ、焔椎真は深々とお辞儀をした。

ポケットからペンとメモ帳を取り出して、教えを請う準備は万端だ。

それだけ相手を想うことに必死なのだろう。

長年親しい友人を作らなかった彼にとっては、一緒に喜楽を分かちあえる仲間が愁生以外に現れたのだ。

例えそれが皮肉にも、自分の大切な恋人だったとしても、焔椎真と争うつもりはないし、彼の成長を応援するべきなのだろう。

しかしこのやり場を失った感情は一体どこにぶつければ良いのかと、愁生は腹の内で格闘していた。

「…じゃあまず、夕月と出掛ける時の心得その一だ。十まであるから頭に叩き込め」

「おう!」

「おう、じゃない。返事は、はいだ」

「ハイ愁生!」

ベッドの上に置いてあった雑誌は、焔椎真が気付かない内に後ろ手でシーツの下にすべらせた。

「まず、歩く時は夕月の前を歩くな。歩幅を合わせておまえは道路側を歩く事」

「分かった!」

「次に、一方的に喋らない事。合間に口を挟まず、夕月の話に耳を傾け相槌を打つ事。緊張してお互いに沈黙、なんて以ての外。その時はおまえがさり気なく話題を作れ」

「ふむふむ…。あ、着て行く服はどれがいいかな!?カッコイイ系か、カジュアル系か…俺あんまし服持ってねえぞ」

「服装は場所と相手に合わせろ。明日俺がコーディネートしてやる」

「頼りになるな、愁生!」

瞳を輝かせ熱心にメモを取る焔椎真と、教師よろしく教鞭を執る愁生の間には、異様な熱気が立ち込めている。

「…なあ愁生。おまえ最近よく笑ってるよな。なんかイイことでもあったのか?」

「そう見えるか?」

ふいに顔を上げて問い掛けてきたパートナーに、愁生は曖昧に笑って見せた。

野性味を帯びる快活な双眸が愁生に向けられているが、それは決して探るようなものではなく、純粋に仲間の変化を喜ぶような温かい眼差しだ。

「ああ、なんつーか…普段も作り笑いをしなくなった。おまえの本体が出てきた、みたいな?」

「本体ってなんだよ。今までの俺は擬態だったとでも言うのか?」

「悪い、変な表現だな。でも愁生変わったぞ。いつも自然に笑ってる。特に夕月といる時とかな」

「そうか。おまえがそう見えるなら、そうなんだろうな」

さすがは自分のパートナーだ。

自分よりも自分のことをよく見ている。

今世の夕月と出逢って変わったのは、自分だけではないということだ。

夕月の存在は、自分達戒めの手に大きな変化をもたらしている。

二人ではなく、三人になった。より強固な絆となって、自分たちを強くしてくれる。

だからこそ、相手に隠し事があるのは一筋の罪悪感を募らせる。

(ごめんな、焔椎真)

他の戒めの手達を出し抜いて、彼を自分のものにしてしまった。

彼の愛情を特別に注がれる優越感を味わってしまったら、もう彼に「みんなの夕月」でいることを望めない。
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