裏僕小説その5
□「祇王夕月の黄昏館日記」
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橘さんから、鍵付きの日記帳を戴きました。
僕は今まで日記を書いたことがありませんでしたが、
「毎日の出来事や自分が思ったことを日記に綴ることで、気持ちの整理が出来るんヨ。それに、後で読み返した時にきっと良い思い出になる。日記は文字のアルバムでもあるんヨ」
と、橘さんに強く勧められました。
なるほど、と思うところもあったので、今日から僕が過ごした日々の出来事などを書いていきたいと思います。
火曜日。晴れのち曇り。
ようやく中間テストが終わり、皆は朝から気が抜けたみたいです。
今日の僕の護衛は、黒刀くんと愁生くんが担当してくれました。
愁生くんは、風紀委員の他にも、生徒会、学園祭実行委員を兼任されていて、これから委員の仕事が忙しくなるので、一緒に帰ることは難しくなるそうです。
中間テストが終わると、泉摩利学園に学園祭の季節が訪れました。
転校してから、初めて迎える学園祭、すごく楽しみです。
クラスごとの催し物は、全学年のクラス委員長がクジ引きで決めるそうなので、ホームルームの時間に、くじを引いた委員長が1−7の出し物の発表をしたのですが……。
「ミュージカルーー!?」
黄昏館に帰宅して、学園祭の出し物が決まったことを伝えたら、十瑚ちゃんをはじめ、皆はとても驚いていました。
「へえ、面白そう。俺もそっちがよかったな」
お菓子を食べながら羨ましそうに言う九十九くんのクラスは、喫茶店に決まったそうです。
「でもただの喫茶店じゃなくて、コスプレ喫茶なんだ」
九十九くんの隣に座った十瑚ちゃんが、嬉しそうに言います。
「九十九は執事の衣装を着るのよね〜。きっと似合うわ、あたし、絶対見に行くからねっ」
「うん、待ってる。でも、十瑚ちゃんのメイド姿も見てみたかったな。きっと、すごく可愛いから」
「やだわ九十九ってば。お姉ちゃん恥ずかしいじゃない…」
頬を紅く染める十瑚ちゃんと、十瑚ちゃんを見つめる九十九くん。
お二人はいつも仲が良くて、とても微笑ましいです。
ですが、向かいに座った焔椎真くんと黒刀くんは、そんなお二人を睨み付け、テーブルをばんっ!と叩きました。
「だあーっ!!部屋でやれよ馬鹿姉弟!俺は今すっげえムカついてんだ」
黄昏館に帰宅してからというもの、焔椎真くんと黒刀くんはずっと機嫌が悪いです。
原因はきっと、同じくクジ引きで決めた配役に不満があるのだと思いますが…。
「ねえゆっきー。みゅーじかるって、なあに?」
僕の服の袖をくいっと引っ張るソドムは、不思議そうな顔で首を傾げています。
同じく僕の隣に座ったルカも、解らないと僕を見つめていました。
二人はきっと、学園祭もミュージカルも観たことがないのかな。
「えっと、ミュージカルっていうのはね、歌とダンスとお芝居を組み合わせた、演劇のことだよ」
「奇怪なことをするな、ニンゲンは」
「へえー。ほっつーとくろっぴ、おどるのー?」
無邪気に尋ねるソドムに、お二人の額がぴきっ、と音を立てました。
「くっ…。文句なしのクジ引きとはいえ、何故この僕が芝居などっ…」
「誰だよ、候補にミュージカルなんか入れやがったヤツは!おまけにあの委員長のクジ運の悪さときたらっ…」
「ああ、候補に挙げたのは俺だよ。でもまさか、夕月たちのクラスに当たるとは思わなかったけどな」
笑いを堪えて言う愁生くんは、なんだかとても楽しそうです。
「愁生、お前のせいで俺はなあっ!」
「まあまあ、楽しそうじゃない、ミュージカル。学生っていいなあ。それで、演目は決まったの?」
僕は鞄の中からクラス全員に配布された台本と楽譜を、千紫郎さんに渡しました。
「『吸血鬼伝説』。へえ、もう脚本は出来上がってるんだ」
「はい、クラスに文芸部の方がいて、演劇をするなら是非これを使って欲しいって、すぐに決まったんです」
「それで、ゆっきーはなんの役なの?」
「僕は裏方の、大道具小道具制作です。焔椎真くんと黒刀くんが…」
「うわあー!言うな夕月!」
「焔椎真は主役の吸血鬼。黒刀は吸血鬼に恋をする女の子の役だよね」
「なんで知ってんだ九十九ー!」
「ええ〜、夕月ちゃんは裏方なの?配役間違いよ」
頬を膨らませて残念がる十瑚ちゃんとリアちゃんとは対照的に、千紫郎さんは満面の笑みを浮かべています。
「黒刀は女装しても可愛いんだろうなあ〜。ああ、俺も高校生になりたい…」
「顔が崩れているぞ千紫郎!」
「学園祭は一か月後だけど、今から練習して間に合うの?」
「ぎりぎりですね。さっそく明日から、休み時間と放課後朝練返上で稽古だそうです」
その間に、悪魔が襲って来ないと良いのですが。
「私、歌唱とダンス指導してあげようか?これでも一応、元アイドルだし!」
「いらねえよ!誰が稽古なんかするか!」
リアちゃんの元気な挙手に、焔椎真くんは背を向けて突っぱねてしまいます。
十瑚ちゃんが、黒刀くんもびしっと指差して、お二人を諌めました。
「あのねー、あんた達がろくな稽古もせずに、ど下手なミュージカルを上演して、困るのはクラスの皆なのよ?夕月ちゃんの頑張りも無駄にするつもり?」
「そうよ、ゆっきーに恥をかかせないでよね!」
「ぐっ…」
言葉に詰まって項垂れるお二人を、楽しそうに眺めていた橘さんが、今まで黙って傍観していた斎悧さんに目を向けました。
「りーくんも俳優さんなんだし、この二人に演技指導してあげたら?」
「冗談だろ?なんで野郎のために時間を割かなきゃならない?」
「まあそう言わずにサ、あっ、学園祭って、他校の可愛い女の子達も大勢来るんだよネ。泉摩利は生徒数も多いし、毎年大々的に開催されるんヨ。斎悧くんが演技指導監修しましたなんて噂が耳に入れば、女性がよりどりみどりだネ〜」
斎悧さんは、ふうと溜息を吐いて、渋々台本を手に取りました。
「…ったく。この俺が直々に指導してやるんだ。半端なもの作りやがったらぶっ飛ばすぞ」