裏僕小説その4
□焔椎真×九十九「秘め事」
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それは、十瑚と愁生が修学旅行で留守の日の、一夜限りの秘め事だった。
「…さてと。もう寝るかな」
広い空間に向かって誰ともなく呟き、焔椎真は先程まで遊んでいたゲーム機の画面を閉じた。
たった数日、共に過ごす相棒が隣にいないだけで、なんとも落ち着かない気分にさせられる。
まだ就寝時刻には早いが、他にすることも思いつかず、相棒のいない一抹の淋しさを隠すように寝床へと就いた。
布団に入っても中々寝付けず、焔椎真は意味もなく何度も寝返りを打つ。
すると、コンコンと寝室の扉が叩かれ、焔椎真はのっそりと身を起こした。
「誰だ?」
「俺、九十九だよ。入ってもいい?」
意外な訪問者に目を丸くしていると、返事を待たずに九十九がドアを開けて入ってきた。
「あ、やっぱり。淋しそうな顔してる」
そうと指摘された焔椎真は不本意とばかりに反論するが、九十九は意に介した様子も見せず、真っ直ぐに歩いてきて、もそもそとベッドの中にもぐり込む。
「はっ?おまえ、なにしてんだよ?」
「なにって、一緒に寝ようと思って。少し詰めてよ」
九十九のマイペースぶりに巻き込まれた焔椎真は、言われるままにスペースを空け、さっさと寝転がってしまった九十九を呆然と見つめた。
「じゃ。おやすみ」
「ああ、おやすみ………って違うだろ!」
九十九の首根っこを掴んで起き上がらせると、彼は眠たそうに目蓋を擦りながら首を傾げる。
「なあに?左側じゃなくて右側の方がいいの?」
「そういうコトじゃねえよ。なんで九十九が俺のベッドに入ってくるんだ」
「焔椎真だってたまに愁生に添い寝してもらってるじゃない」
「誰が添い寝だ!俺が勝手にベッドに…って、なんで知ってんだよ!」
「寝る前に大声出しちゃだめだよ。血圧上がるよ」
大声を出させているのは彼の方なのだが、天然な性格は得てして人の都合を考えないらしい。
焔椎真は早々に彼と言いあうことを諦めて、勝手知ったる他人のベッドに横たわる九十九に溜息を吐いた。
「俺じゃなくてもいいだろ。一人寝が淋しいなら、他のヤツのベッドで寝ろよ」
親指でドアを指差すが、九十九はいやいやと首を振り、枕にしがみつく。
「パートナーがお留守な者同士、いいじゃない。夕月の部屋に行ったらルカに追い出されるし、斎悧には野郎と寝る趣味はないって言われるし、黒刀と千紫郎は二人で鍵かけてなんか変な声がするんだもん」
「へっ…変な声って…ナニやってんだあいつら」
男同士だから間違いはないのだろうが、思わず不埒な妄想をした焔椎真は狼狽える。
「あ、気になるの?」
「べっ別に!ったく、しゃあねえから今日だけは一緒に寝てやるよ」
「うん」
こっくりと頷いた九十九は、隣のスペースをぽんぽんと叩く。
焔椎真が改めて横になると、首元まで布団が掛けられた。
チッチッチッ……。
針を刻む時計の音が暗闇の室内に響く。
ベッドに野郎が二人など窮屈以外のなにものでもないが、友人が泊まりにきたものだと思って我慢をする。
しかし、さっさと眠ってしまおうと思っても、目はすっかり冴えてしまっていた。
不用意に寝返りを打てば、九十九の気に障るかもしれないなどと、妙なところで繊細な気遣いを持ちつつ、焔椎真は九十九に背中を向けたままぼんやりと暗闇を見つめていた。
「ねえ焔椎真」
「あ?なんだよ」
「いつもは愁生と一緒に寝てるの?」
「んなわけねーだろ。お前らべたべた姉弟と一緒にすんな」
チッチッチッ…。
短いやり取りの後に、会話が途切れる。
「ねえ焔椎真」
「んだよ。さっさと寝ろ」
「俺、最近溜まってるんだ」
「は?なにが」
言われた意味をかみ砕きもせず、生返事をする。
だんだんと眠気が差してきた。
「だから、ヌいてないの」
「そうかよ………はっ!?」
関節が音を立てそうな速さで起き上がり、焔椎真は隣の彼を見やる。
しかし当の本人は至って平然と、寝そべったままだ。
「焔椎真はちゃんとヌいてる?おかずはやっぱり愁生なの?」
「ばっばばばかか!んなわけねーだろ!」
「違うんだ。じゃあ普通にAVとか?愁生に没収されない?」
暗闇でも判別できそうなほど、茹蛸になった焔椎真は頭を抱えた。
何故真夜中に、ひとつのベッドで男のシモの会話をしなければならないのか。
「いいじゃない、男同士。で、どうなの?」
枕に肘をつき尋ねる九十九は、興味津々というほどでもなく、抑揚のない純粋な調子だ。
「どうって…別に普通だよ。特別ヤリてえとも思わねえし」
毒気を抜かれ、しどろもどろに答えると、九十九は「ふーん」と続きが聴きたいのか聴きたくないのか曖昧な相槌を打つ。
「もういいから寝ろよ!溜まってんなら帰れ」
「いや」
ぼすっと枕を投げつけると、九十九は頬を膨らませてベッドにしがみついた。
「俺、いつも十瑚ちゃんと寝てるの」
「知ってるよ。……ま、まままさか十瑚にしてもらってる…のか?」
「違うよ。十瑚ちゃんがいつも俺のベッドに来るから…それは嬉しいんだけど、する時間がないの。つまり欲求不満なワケ」
「だから今日は独りなんだから、部屋に帰って処理でもなんでもすればいいだろ。なにが言いてえんだよ」
九十九はやれやれと溜息を吐いた。
そこまで言ってまだ分からないの。という上から目線だ。
十瑚は弟に限って、と思い込んでいるようだが、彼も男だ。
自然に起こる生理的欲求も人並みにある。
そういった会話を気兼ねなく出来る人物は、館の中でも限られていた。
「ひとりでするのって、なんとなく淋しいんだよね」
「当たり前だろ。そういうのは独りでするもんだ」
「だから焔椎真の部屋に来たの。…分かる?」
「…まっ、まさか…」
危うくベッドから転がり落ちそうになるほど、後ずさる。
「俺に、手伝えってか?」
「あたり。駄目?たまには人に触ってもらうのもいいかなって」
耳掃除やマッサージ感覚で尋ねられても困る。
他人の自慰を手伝うなど、出来るわけがない。
にじりよる九十九に、焔椎真は両手を突き出してストップをかけた。
「まっまてまて!人のモノなんか触れねえよ!」
「駄目なの?…じゃあ他の人にお願いするよ」
ぶーぶーと不満な顔を晒し、九十九はあっさりと引き下がった。
だが、最後に出た発言に、焔椎真はベッドから抜けようとした九十九の服を掴む。
「待て待て待て!誰に頼むつもりだ!迷惑だろうが!」
「誰って…夕月。俺がお願いしたら聞いてくれるもん」
まるで子供じみた会話だが、確かに夕月なら聞き容れそうだと想像して、焔椎真はなんとしてでも阻止にかかった。
「夕月は駄目だ!一人で出来ねえなら俺が相手をしてやるから!」
「…ホント?ありがと」
言ってしまって、焔椎真はハッと口を塞ぐ。
九十九の計算された天然に、焔椎真の単純さが負けた瞬間だった。
「人肌が恋しかったんだよね。じゃ、横になろ」
九十九はさっさと横向きに寝そべり、焔椎真を待っている。
「…なんで俺が…」
焔椎真も覚悟を決め、妙な気合を入れて腕まくりをすると、ベッドに横になった。