書庫

□はじめの一歩
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予告通り定時に上がって、今は、エリックの自宅に向かっている。

そういえば、エリックの家に行くのって、はじめてだ
そう思ったら、心拍数が急に跳ね上がった。


どうしよう・・・なんだか緊張してきた

ひとり、ぐるぐる考えていたら、エリックに声を掛けられ我に返った。

「・・・ラン、アラン?どうした?俺ん家着いたぞ」
「へ?あっ・・・ご、ごめん。ちょっと、ぼんやりしてた」
「大丈夫か?久しぶりの回収任務だったから、疲れたか?」
「違う、違う。本当に大丈夫だから」

おれは、慌てて首を振った。

「そうか。なら、いいけど・・・さ、上がってくれ。散らかってるけどな」

エリックが玄関扉を開け、招き入れてくれた。

「お邪魔します」

先を歩くエリックの後をついていく。

「アラン、上着、ハンガーに掛けるから」
「あ、ありがとう」
「適当に座っててくれ。飲み物、紅茶でいいか?」
「うん」

アランの上着を預かり、エリックは奥へと向かった。

ソファに座って、失礼にならない程度に室内を見渡した。

モノクロとシルバーで統一されたインテリア。
木目調の家具中心の自分の部屋とは全く違う。

同じ独身男性でも、趣味が違えば、ここまで違うのだと思うと興味深い。

それに、遅刻やらサボリやら、普段の不真面目な勤務態度からは想像出来ないくらい、掃除が行き届いている。

「なんか、珍しい物でもあったか?」
「あ、いや・・・綺麗にしてるなと思って」

エリックが紅茶を持って、やってきた。

「お前が来るから、綺麗にしたに決まっているだろ」

エリックはそう言うが、常に綺麗にしているのだろうという事は、簡単に想像がついた。

テーブルに置かれた白いカップを手に取り、口元に運ぶと、ふわり、と花に似た香がした。
どうやら、エリックは紅茶を淹れるのも上手いらしい。

「この紅茶、美味しいね」
「気に入ったか?良かった。実は、このお茶を渡したくて、今日呼んだんだ」
「は?それだけの為に?」
「おう」
「だったら、別に・・・オフィスで渡してくれたってよかっただろ」
「あー・・・けど、口に合わない可能性もあるしな」
「・・・っ」

おれは奥歯を噛み締めた。
そうしなければ、怒鳴ってしまいそうだったから。

なにか進展するかも、なんて、期待した自分が馬鹿だった。

おれは、カップをソーサーにそっと戻すと口を開いた。

「悪い・・・エリック。今日はもう、帰る」
「アラン?どうした、急に」

エリックが何事か、という顔でおれを見る。

「ごめん。用事、思い出した。・・・上着、持ってきて貰っていいかな」
「あ、ああ」

おれは、ソファから立ち上がり、玄関に向かい始めた。

玄関で待っていると、エリックが上着と小さな紙袋を持って現れた。

「ほら、上着と紅茶」
「・・・ありがとう」
「アラン、急に誘って悪かった。また今度ゆっくりな」
「うん」

返事をしながら、また、はないと思った。

「それじゃ、明日」
「おう。気をつけて帰れよ」
「大丈夫。子どもじゃないんだから」

手を振って、別れた。


引き止めることもなかった。
恋人同士なら交わす筈の挨拶のキスもない。

やはり、エリックは、自分とは終わりにしたいのだ。

「はは・・・っ」

乾いた笑いが漏れる。

終わり?まだ何もはじまってもいないのに

きっと、エリックは、自分をからかって
楽しみたかったのだ。

それを、おれが理解せず、ひとりで舞い上がっていたのだ。
エリックも内心、呆れていただろう・・・冗談の通じないお子様だ、と。
けれど、優しいエリックは、今更冗談でしたと言えずに、自然とおれが離れていくよう仕向けていたのだ。

ようやく気が付いた。

「本気にしたりして・・・馬鹿みたいだ、おれ」

気づけば、雨が降り出していた。
けれど、気にすることなくおれは、雨の中歩き続けた。
頬を伝う涙が、雨で誤魔化されてよかった。
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