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□忘年会
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今日は、忘年会だ。
普段の飲み会も何だかんだ理由をつけて、欠席をしているが、今日ぐらいは参加したほうがいいだろうと思って参加した。
けれど、やはり、賑やかな雰囲気は苦手で、乾杯が終わって早々に、目立ちにくい店の奥の方へ移動した。
すると、そこには、既に先客がいた。

「ウィリアムさん」
「おや、アラン・ハンフリーズ」
「あの、おれも、ここいいですか?」
「どうぞ、構いませんよ」
「ありがとうございます。珍しいですね・・・ウィリアムさんが飲み会に参加するなんて」

ウィリアムさんは、おれ以上に、この手の飲み会に参加しない。
なので、そう言うと、ウィリアムさんは、ほんの少しだけ笑ったようだった・・・勘違いかもしれないが。

「それは、お互い様でしょう」
「ええ、まぁ・・・でも忘年会ですから」

おれ達は、少しだけ仕事の話をした後、会話がなくなってしまった。
別に、ウィリアムさんの事は、嫌いではないが、仕事以外で、あまり接点がないので、何を話したらいいのか、わからなかったのだ。
何か話題は・・・と考え、グレル先輩とウィリアムさんが同期だった事を思い出し、話を振ってみた。

「そういえば、ウィリアムさんとグレル先輩は同期なんですよね」
「ええ、そうです・・・エリック・スリングビーもですが」
「えっ」

初耳だったので、驚いた。

「エリックさんも、ウィリアムさんと同期なんですか?」
「知りませんでしたか?」

今度は、ウィリアムさんが驚いたようだ。

「てっきり、彼から聞いているかと思っていたのですが」
「いえ、聞いた事はありませんでした。あの・・・新人の頃のエリックさんって、どんなでしたか」

興味が湧いた。

ウィリアムさんは、琥珀色の液体の入ったグラスを揺らしながら、口を開いた。

「とても、真面目で優秀でした・・・今からは、想像できないかもしれませんが」
「・・・真面目かどうかはともかく、仕事は、今も優秀だと思います」
「そうですね・・・確かに腕は一流なのに変わりはありませんね」

ウィリアムさんは、グラスを傾けた。

どうやら、ウィリアムさんはお酒に強いようだ。

「彼は、真面目過ぎたんですよ」

真面目の手本みたいなウィリアムさんが言うので、耳を疑ってしまう。

「え、あの・・・それって、おれの知っているエリックさんの事、ですよね」
「もちろん、そうですよ。他に誰がいるんです?」

ウィリアムさんは、グラスに視線を落とした。

「アラン・ハンフリーズ・・・あなたも、経験があるかと思いますが、死神は、大抵一度は、仕事から逃げたくなります」
「・・・はい」

おれは、小さく頷いた。
覚えがあるからだ。

「私は、逃げてしまったんです・・・仕事から」
「逃げた?ウィリアムさんが、ですか?」

アランは、首を傾げた。
今も管理課に所属している彼が、何故逃げた、なんて言うのだろう。

「でも、ウィリアムさんは管理課所属じゃないですか」

管理課は、回収課で優秀な働きをしていなければ転属できない課なのだ。

ウィリアムさんの持つグラスの中で、氷が崩れ、カロン、と音を立てた。

「管理課は・・・回収課に比べ、現場に立つ事は少ないでしょう」
「・・・あ」

ウィリアムさんは、ふ、と微かに笑った。

「私は、少しでも、現場から離れたくて、必死に勉強して管理課を目指しました。
けれど、同じように、苦しんでいたエリック・スリングビーは・・・愚直に、回収任務をこなし続ける事を選びました・・・私とは違って。
なので、自堕落な生活を送るようになった彼を見ているのが、歯痒かったんですよ。優秀で、エリート街道まっしぐらだったのに」
「・・・ウィリアムさん」

手の中のグラスから視線を外し、ウィリアムさんが、おれを見た。

「彼に、あなたの新人教育を担当させたのは、正解だったようです」
「え?」

突然の話題転換に、アランは瞬きする。

「少しだけ、以前の彼が戻ってきたようですから」
「そうなんですか?」
「ええ。瞳に生気が戻ったと言えば、いいでしょうか・・・そうだ。知っていますか」
「何ですか?」

「エリック・スリングビーは、楽器を嗜むんですよ。以前は、忘年会の隠し芸で披露していました」
「それ、本当ですか?楽器は何ですか」

おれは、思わず、意気込んでしまった。

「それは・・・ああ、お目付役のお出ましですね」

ウィリアムさんの視線を追うと、金髪の長身が、キョロキョロしながら、こちらに近づいてきている。

「何の楽器かは本人から、聞くといいでしょう。では、私はこれで」
「え、あの・・・ウィリアムさん」
「少しばかり、飲み過ぎてしまったようです。いけませんね・・・口が軽くなってしまう」

立ち上がったウィリアムさんは、少し笑った。
その笑みは、楽しそうに見えた。

そこへ、赤い死神がやってきて、ウィリアムさんの腕に絡みついた。

「やーっと、見つけた!ウィル〜!あっちで一緒に飲みましょ?ね、ウィル〜」
「腕を放しなさい。私は帰ります」
「えええ〜!ちょっと、まだこれからでしょ!?」
「煩いですよ」

ウィリアムさんとグレル先輩は、言い合いながら、歩いていく。

赤い死神の声に、エリックが、こちらを見た。

視線が合う。
見つけた、と、エリックの唇が動くのがわかった。

「アラン、やっと見つけた!ったく、勝手に消えるなよ。心配するだろ」
「ごめん・・・楽しそうだったから、話しかけたら悪いかと思って」
「あのな、他の奴らといたって楽しくないっての。で?こんな隅っこで、アイツと何話してたんだ」

エリックは、さっきまでウィリアムさんが座っていた椅子に腰を下ろした。

「別に、仕事の話だよ。ちゃんと報告書の締め切り守って欲しい、とか」
「はぁ・・・こんな忘年会の席で、そんなつまんねー話なんかするなよ」

エリックは、がっくりと項垂れた。

「面白い話も聞いたよ」
「んー?どんな」

さして、興味なさそうな顔をしながら、グラスに唇をつけた。

「エリックが楽器嗜む、って」
「ぶふ・・・っ」

エリックが咽せたので、背中を擦ってやる。

「大丈夫かい?」
「あ、ああ・・・大丈夫だ」

「おれ、知らなかったから、驚いたよ」
「あー・・・昔の話だからな」

「忘年会で披露したって、聞いた」
「あの野郎・・・余計な話を」
「何の楽器?今度、聞かせてくれないか」
「その内、な」
「約束だよ」

エリックは、グーッとグラスの酒を飲み干すと、

「ああ。聞かせてやるよ・・・お前だけに」

アランを酔わす声で、低く囁いた。

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