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□太陽よりも
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カフェでアランと共にティータイムを楽しんでいると、アランがじっと俺の顔を見ている事に気がついた。
「どうした。俺の顔に何かついてるか?」
「あ、っ・・・す、すみません!」
「なんだ?イイ男だから見とれていたか」
「ち、違います!」
「おい・・・即座に否定すんなよ。傷つくだろ」
「すみません」
肩を窄ませ、縮こまるアランに小さく笑う。
「まぁいい・・・で、何なんだ?」
「あの・・・エリック先輩の眼鏡って、少し色がついているんですね」
以前は、色つき眼鏡が珍しいのか同僚達が俺の眼鏡について聞いてくることが多かったが、
最近は誰も聞いてこなくなっていたので、この話題に触れるのは久し振りの事だった。
「ああ、なんだ。そんな事か・・・色付きは、おかしいか?」
「いえ!そんな事は・・・っ。あの、凄く似合ってます」
「そうか。お世辞でも嬉しいぜ」
「お世辞じゃなくて、本当に」
俺は、軽く笑った。
一緒に仕事をするようになって、アランが、この手のお世辞を言うような奴じゃないことはわかっていた。
「まぁ、最初はファッションの為じゃなかったんだけどな」
「え、そうだったんですか」
俺の答えが意外だったのか、アランは瞬きした。
大抵の者は俺が、趣味で色つき眼鏡を選択していると思っているようだし、
俺自身も、今でこそ、この色つき眼鏡は欠かせないファッションの一部になっているが、きっかけは違う。
「ああ。俺は、昔・・・」
俺は眼鏡を外し、レンズ越しに天井の灯りを見て、自分が新人だった頃の事を思い出しながら昔話をはじめた。
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太陽より、月が好きだ。
何故なら、太陽の光は眩しすぎるから。
研修を終え、正式に死神として採用されると、自分に合ったデスサイズと、そして、眼鏡を作る事が出来る。
今日は新しい眼鏡が出来上がる日で、一室に集められた新人たちは、皆、期待した面持ちで自分の名前が呼ばれるのを待っていた。
「エリック・スリングビー」
「はい」
俺の名前が呼ばれた。
新しい眼鏡を掛けたら、いよいよ正式な死神になれる。
自分の眼鏡はどんなデザインだろう、期待に胸を膨らませ、俺は眼鏡を受け取りに行った。
「待たせたね。これが君の眼鏡だ」
「ありがとうございます」
慎重な手付きで、そっと、両手で受け取り、その場を離れてから、受け取った眼鏡を改めて見て、瞬きする。
俺に与えられた眼鏡には、薄く色が付いていた。
同期の死神たちが与えられた眼鏡をこっそり見るが、どれも皆、無色透明で、
どうやら色付き眼鏡は自分だけのようだった。
「・・・俺だけ?」
「何か、不満かね?」
突然、背後から声が掛けられた。
まさか、独り言を聞かれていたとは思わず、驚いて振り返ると、眼鏡課の課長だった。
「あ・・・」
「君も掛けてみたまえ」
そう言われて、周囲を見渡せば、同期たちは嬉しそうに渡されたばかりの眼鏡を掛け、互いに評価しあっている。
俺は、今掛けている眼鏡を外して、胸ポケットに仕舞うと、新しい眼鏡を掛けた。
それまでは、眼鏡など、どれも変わらないだろうと思っていたが、全然違った。
軽くて、しっかり顔にフィットし、掛けている感じがしない。
これなら暴れるシネマティックレコードを狩る時や、時々ある悪魔との戦闘でも、眼鏡が邪魔に感じることは少ないだろう。
「どうかね?」
「とても良いです」
課長は、ふむ、と頷いた。
「そのまま、窓の外を見てみるといい」
「窓の外?」
「きっと、今までと違う感じを受ける」
促されるまま、窓辺により外を見たが、特に変わった印象はない。
「空を見てみるといい」
「空?」
どうせ、空を見ても、眩しい陽の光に、やられるだけだ。
そう思いながら、しぶしぶ空を見上げる。
「え・・・っ」
俺は空を見上げ、瞬きした。
いつも、眩しいと感じていた太陽の光が、柔らかく感じられた。
「眩しく、ない」
俺は、自分の眼鏡に薄い色が付いている理由を理解した。
自分は、これまで誰にも太陽の光が苦手だと話した事はなかった。それなのに・・・
驚いて慌てて振り返ると、課長が満足そうに頷いた。
「気に入ったかね」
「はい。ありがとうございます」
振り返ると、課長は満足そうに頷いた。
「我々、眼鏡課の仕事は、君たちひとりひとりに合った眼鏡を作る事で、影ながら現場のサポートする事だ。
君も、これから大変な事が多々あるだろうが、頑張りたまえ」
「はい。頑張ります」
頭を下げると、眼鏡課の課長は、笑みを浮かべて、部屋を出ていった。
死神の仕事は、正直、楽ではない。
けれど、現場以外でも多くの仲間達がサポートしてくれているのだ。
それを忘れなければ、きっと死神の仕事は続けていけるだろう。
それにいつか、お互い支えあっていける最高のパートナーだって見つかるだろう。
何しろ、自分には嫌って程時間があるのだから・・・。
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「悪ぃ・・・退屈な話聞かせたな」
昔話を終えた俺は、喉を潤す為にカップに口をつけた。
「いえ!退屈だなんて・・・それで、あの、今は?」
「今?」
「今も太陽は苦手、ですか?」
俺は少しだけ考えてみた。
「そうだな・・・昔ほど、苦手じゃない」
俺の答えに、アランは、ほっとしたように笑った。
「良かったです。俺は、太陽が好きなので」
「なんで好きなんだ?」
「そうですね・・・明るいし、あたたかいですから。あ、あと単純に天気がいいと気分がいいです」
「そうか。まぁ、確かに雨よりいいかもな」
「はい!」
アランは、笑った。
それは、柔らかな笑み。
月の光のように、包み込むような。
そう、自分はもうあの頃の新人ではないし、太陽も、以前ほど苦手ではなくなり、そして・・・アランに出会った。
「さて、そろそろ行くか」
「あ、はい」
俺がトレイを片手に立ち上がると、アランも慌てて立ち上がった。
「そうだ。ちなみに、この話をしたのは、お前が初めてだ」
「えっ・・・」
驚いたアランの顔を見て、俺は小さく笑った。
アランは、よく表情が変わる。
ころころ変わる表情を見るのは楽しい。
だから、側にいてもっと色々な表情を見てみたいと思う。
何より、沢山の笑顔を見せて欲しい、そう願った。
アランの笑みは、俺の暗闇を明るく照らしてくれる光なのだ。