書庫

□爪痕
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「あー・・・くっそ!びしょ濡れだ」

エリックは、濡れた犬のように、頭を振った。

おれの家まで後少し、というところで、
突然、雨に降られ、傘を持っていなかったおれ達はずぶ濡れになってしまった。

バスルームに駆け込んで、タオルを抱えリビングに戻る。

「はい。タオル」
「お、サンキュ!お前も、ちゃんと拭けよ」
「うん」

エリックは、濡れた上着とシャツを脱いだ。

惜しげもなく綺麗な筋肉のついた背中が晒される。

何となくその背中を見て、自分の身体を拭くおれの手が止まってしまった。

「どうした、アラン?さっさと拭かないと風邪引くぞ」

「エリック」
「ん?」

名を呼ぶと、髪を拭く手を止め、おれを見る。

「その背中の、傷・・・どうしたの」
「背中の?あー・・・これな、猫に引掻かれた」

エリックは、ニヤリと笑った。

「猫?・・・どうせ、真っ赤な爪に香水の匂いのする猫だろ!?」

裏切られた。
信じていたのに。

タオルを握る手が震える。
もちろん、寒さからではない。

「そんな子ども騙しが、通じると思ってるのか?」
「ちょっ、待て。そんな怒んなって!嘘じゃねぇよ。濃茶の髪に、黄緑色の瞳の可愛いやつに引掻かれたんだって!覚えてねぇのか?」

濃茶の髪に黄緑色の瞳
自分と一致する符号。

「え・・・おれ?」
「ああ、そうだ。お前以外に誰がいる?」
「覚えて、ない」

エリックの背中に爪を立てた記憶なんて・・・ない。

「だろうな・・・お前、夢中だったし」
「む、夢中って」
「もっと、もっとって、しがみついてきただろうが」

確かに、この間はそうだったかもしれない。

「ご、ごめん!エリック、おれ、無意識とはいえ、君の背中、傷つけてしまって」
「おう、おかげでシャワーの時、滲みるのなんのって」
「本当に、ごめん」

おれは、頭を下げた。
無意識とはいえ、エリックの背中を傷つけてしまったのだ。

「おまけに、誰かさんに誤解されるし?」
「そ、それは、君が誤解するような言い方をするから!」

エリックは、笑った。

「そうだな。でもまぁ、嫉妬してくれて嬉しかったぜ。それに、この傷も悪くねぇ・・・傷がある間、お前をいつも感じていられるからな」
「でも、痛いだろ?」

背中の爪痕は、まだくっきりと残っていて、痛そうで、おれは、眉をひそめた。

「それじゃ、薬塗ってくれないか」
「いいよ。ちょっと待ってて」

薬箱を取りに行こうとして、二の腕を掴まれる。

「エリック?」
「薬なら、ここにあるだろ」
「どこに?」

「お前の唇・・・お前が、口づけてくれたら、治る」

エリックは、親指の腹でおれの唇をなぞった。

「ん・・・いいよ」

おれは、エリックのしなやかな背中に手を置いて、その背に残る爪痕に唇を寄せた。

その後、一緒にシャワーを浴びて、仲直りをした。
・・・どんな仲直りの仕方だったかは、二人の秘密だ。




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