書庫

□満ちる夜
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「そういえば、お前ん家来るの、はじめてだな」
「確かに」

返事をしながら鍵を差し込んで、玄関を開ける。

「どうぞ、上がって」
「じゃ、遠慮なく」
「適当に座ってて。今、お茶淹れるから」
「あ、お茶なら俺が淹れる。なんか、今日のお前、危なっかしくてしょうがねぇ」
「でも、お客様なんだから」
「客、なんて思わないでいい。キッチン借りるぞ」
「うん」

エリックがケトルに水を入れ、お湯を沸かしている間にカップや茶葉を用意した。

お湯が沸き、エリックが慣れた手付きで紅茶を淹れる。

気のせいか、エリックの淹れてくれた紅茶は、いつも自分が淹れるものより美味しかった。

「良い部屋だな」

エリックがぐるり、と部屋を見渡し、そう言った。
アランの部屋は、木彫家具で揃えられているが、取り立ててこれといった特徴もなく、
お洒落な絵画や置物を置いているわけではない至ってシンプルな部屋だ。

「別に普通だと思うけど」
「いや、アランらしい、温かくって優しい部屋だ・・・で、悩み事って?」

カップをテーブルに置き、おれを見る。

「あの、さ・・・エリックは、今まで男と付き合った事ある?」
「おい・・・もしかして、浮気疑ってるのか?」

エリックが軽くおれを睨んできたので、おれは慌てて否定する

「いや、そうじゃなくて!」
「だったら、なんで」
「いいから、教えて」
「ない。男相手はお前がはじめてだ。それが、どうかしたか?」
「だよね・・・おれも、そうだから、その・・・調べたんだ」
「調べた?何を」

おれは、昨日の出来事を話した。

おれが話す間、黙って聞いていたが、話を聞き終えた途端、エリックは笑った。

「エリック!笑い事じゃ」
「いや、悪い。まさか、そんな事で悩んでたとは」
「そんな事、って大切な事じゃないか!」
「確かに。というか、お前が、そういう事ちゃんと考えてくれてたのが、嬉しかった。
けどな、この手の事は俺に任せておけ」
「・・・エリック」
「アラン、俺は、俺自身の手でお前に色々教えてやりたいと思ってる。
だから、そんな本なんかで知識を得ないでくれないか?」

よくよく考えれば、エリックの方が自分より年上だから、知識はあるのかもしれない。

「でも・・・」
「前にも言ったが、俺はお前が大切だ。だから、時間を掛けてゆっくり進めていきたい。お前を怖がらせないように」
「でも、エリック・・・君は、その、大丈夫なのか?」
「何が」
「だから、・・・よ、欲求不満にはならないのか?それとも、おれだけ・・・なのか」

心が通い合ったなら、身体も、とはならないのだろうか。
相手の何もかもが欲しいと思うものではないのか。

「アラン・・・あー・・・お前なぁ、そういう顔すんなって。
ひとが、折角我慢してるっつーのに」
「エリック・・・我慢してるのか?」
「当たり前だろう?」

おれは、息をそっと吐き出した。

よかった。
自分だけではなかった。

「エリック、そんな我慢なんてしないでいいのに」

おれは、エリックをじっと見つめて言った。
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