読み物

□そんなキミが大好き
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楽屋に帰る途中。

廊下の向こう側から、争うような声が聞こえてきた。

複数いるみたいだけど、俺のよく知る声もそこに混じっている。

(翔……?と、亮太もいるのか)



近づくにつれてハッキリとケンカしているのがわかる。

たぶん翔と誰かが言い争いをしてて、亮太がそれを諌めているような。




「翔、もうやめなって」

「でも!」

「俺らは謝んねーからな!」

「だいたい、ホントのこと言って何が悪いんだよ!」

「……っ!京介はそんなやつじゃない!!」





(……)

不意に聞こえてきた自分の名前に一瞬、足を止めた。

けどすぐに迷うことなく声のした方へと向かう。




「なーに楽しそうなことやってんの?」

翔と亮太の肩に腕を乗せて、あえて場の雰囲気にそぐわない間延びした声を出す。



「京介!!」

「うわっ!な、中西京介!」

「俺もまぜてよ」

相手は最近売り出し中の二人組のボーカルグループだった。

前に一度音楽番組で共演したことがあるから覚えている。





ふたりは恐らく当事者である俺が来たからだろう、捨て台詞のようなものを小声で吐いて去っていった。

翔は手の甲で口元を押さえてじっと廊下を見つめている。

言い合いで興奮したのか頬が赤くなっていた。




「先に楽屋に戻るよ」


それだけポツリと呟くと、翔は俺の腕をすり抜けてひとり楽屋に歩いていった。







翔の背中を見送ってから、顔の向きを変えずに亮太に尋ねる。

「で?何があったの?」

亮太は俺の腕を肩から外すと、呆れたように笑いながら何が起こったのか話し始めた。

「えーっと。二人組のどっちか忘れたけど、好きな子に振られたんだって。そんでその子が京介のこと好きで、あいつらが京介の悪口言ってたのを通りすがりの俺たちが聞いちゃって翔ちゃんが怒りだしたと」

「ふーん」

「止めたんだけどねー。ガマンできなかったみたいだよ?あいつら京介が誰とでも寝るとか言うからますます怒っちゃって」

それぐらいの陰口、俺にとっては日常茶飯事だ。

あることないこと言われるのは、アイドルという立場と俺の普段の態度からは仕方のないことだと思っている。

翔や亮太だって、多かれ少なかれ陰で何か言われてるのは本人だってわかってるだろうし。

「シカトしとけばいいのに。ホント翔はまだまだ子供だね」



「違うんじゃない?」



「え?」



「たぶん翔ちゃんは自分の悪口だったらムカついても流してたと思うよ」

「じゃあ……」

なんで、と言うより先に、亮太は楽屋とは反対方向に歩き出す。

「そんなの相手が京介だからに決まってるじゃん。俺ちょっとジュース買ってくるー」







ひとり取り残された俺は、足早に楽屋にーー。

いや、翔のもとに向かった。
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