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□Beginnings
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Mスタのカメラリハーサルを終えて、俺達はステージを降りた。
繰り返し躍ったので、額にうっすら汗をかいている。
今回はマイクスタンドを使ったパフォーマンスがあり、何度もお互いの立ち位置を確認した。
そばに控えていたマネージャーがタオルを渡してくれる。
「お疲れ様。ランスルーまで時間があるから、楽屋で休んでなさい」
マネージャーが言うと、翔が不満げな声を上げた。
「えー。次はJADEが歌うんでしょ?絶対見たい!」
予定ではそろそろJADEがスタジオに来るはずだ。
京介と義人は楽屋に帰り、俺と翔と亮太の3人でスタジオに残ることになった。
JADEのカメリハが終わり次第ランスルーに入るので、マネージャーも特に何も言わずにスタジオの隅に移動する。
時間より少し遅れて折原さんを先頭に、水城さんと井上さんがスタジオ入ってきた。
JADEが入ってきただけで、スタジオの空気がピンと張りつめる。
それぐらいに圧倒的な存在感。
最後に神堂さんが入ってきて、更にスタジオ内の空気が研ぎ澄まされた気がした。
スタンバイして、演奏が始まる。
折原さんが爪弾くギター、水城さんのドラムが鳴り響かせ、井上さんがベースをかき鳴らす。
そこに空気のように当たり前にふわりと浮上して、すべてを導くかのような絶対的な重量感と繊細さのある。
神堂さんの。
ボーカル。
カメリハであるにも関わらず、見ている人たちすべてを魅了している。
圧倒的な姿。
俺も魅了されたうちのひとりで。
マイクを持つ神堂さんから、目が離せない。
演奏が終わると、数人の口から漏れたため息が重なって落ちていった。
「さすが。すごいねー」
亮太の声にハッと我に返る。
隣にいた翔も感嘆の声を上げた。
「めちゃくちゃカッコイイ!」
興奮したように頬を赤らめている。
こんな風に無邪気に、俺も言えたらいいのに。
「新曲?発売日いつ?」
「えー、発売日まではわかんないよ。一磨知ってる?」
答えようか一瞬迷ったけど、これぐらいなら何の問題もないはずだ。
「確か、来週の水曜じゃなかったか?」
「そうなんだ!絶対買う!」
翔はマネージャーの元に走っていった。
おそらく買ってきてほしいと頼むんだろう。
「翔ちゃんは単純だねー。でもま、僕も買おっかな」
亮太までマネージャーのところに向かったので、俺はひとり取り残される。
カメラの位置をチェックしたりと、JADEの音はまだ断続的に聞こえてくる。
何もかも、聞き逃したくない。
神堂さんの音なら。
誰にも言えない、この秘めたる想いは、報われることがない。
出会った瞬間に衝撃を受けた。
たぶんそれは、運命だったんだ。
決して避けては通ることのできない道筋。
当たり前のようにそこに存在してしまった、罪悪。