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□2万打記念小説
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日吉若にとって神崎晃という人間は苦手な部類に入る。日常生活では見かけないタイプの人間であり、恰好こそ奇抜であるが容姿は整ってはいる。しかし、その性格は最悪と言って良い。そんな相手は自身の思い人である少女の相棒であるわけで、一体何故性格も見た目も正反対な彼女たちが双方認める相棒であるのか不思議だと思わずにはいられない。要するに好意を向ける方向の正反対であるわけで、少なくとも遊びに誘うような気軽さで、変質者退治を誘われる相手ではないという事は、日吉自身断言できるのである。


「まあ、少年。そう身構えんなよ。お前の腕を見込んでの誘いなんだぜー。はい。拍手―。」

「・・・お前は一体いつから警察まがいの事を始めたんだ?」

茶化した雰囲気の神崎の態度に自身の額に青筋が浮かんだ気がするが、それを無理やり無視し、日吉は皮肉交じりに問いかける。そもそも街中を歩けばそれこそ変質者―――基危険人物として職質されそうな格好の女にこんな誘いを受けるなど露ほどにも思わない。まずは自分の恰好から改めろと内心で罵倒する。声に出さないのは出した言葉にニヤニヤとした笑み付で神経を逆なでする言葉が返ってくるからだ。神崎に対してまともの反応を返すのは間違えであることをここ数か月で学んでいる。基本的には相手にしないのがベストなのであり、日吉は無言で彼女の前から立ち去ろうとした。しかし―――。


「俺も警察まがいはしたつもりはねえんだけどさ。なんか名無をストーカーしている奴がいるらしくてな。だから誘ってみたんだぜー。」

「・・・何?」

自分の口から底冷えするような声が出たことを無視しながら、聞きづてならない言葉が、最悪な相手から出たことに日吉は足を止めた。


         *

「はい。どうしましたか?日吉君。」
数コールの呼び出し音を経て、自身の耳に聞きなれた少女の声が届く。携帯電話の番号は知っていたが電話をとおした会話はイギリスの件を除けば初めてであり、普段と変わらない穏やかな声質に日吉はほっと息を吐いた。

日吉がこうして名無に電話をかけたのは、神崎の指示だ。神崎曰く、夏季休業に入ってから、名無をストーキングしている人間がいるとの事であった。魔術師であり、基本的に隠形している人間にどうやってストーキングするのかと思ったが、神崎の持っていたタブレットに件の人物がとったであろう大量の写真と、映像がその情報が真実であることを表していた。その全てが正規の方法で得られたものでないことは明白で、その量に男である日吉も相手の執念を感じて怖気を感じる。しかし、一部の写真―――主に名無の足だとか胸元などが拡大されている写真が別フォルダに保存しているのを見た瞬間、その怖気は一気に怒りに変わった。日吉とて、彼女に好意を持つ人間の一人だ。だから、分からなくはない。解らなくは無いが、それが自分ではないものが作成したことに対して、怒りしか感じない。というより、何故浴衣でソファーに寝ているんだ。私服にしては無防備すぎるだろう。と、初めて見る名無の浴衣姿をこんな風に見ることになるなんてと内心で憤激する言葉が渦巻いている。そして、どんどん無表情になっていく自分をまるで見透かしたようにニヤニヤとした笑みで見やる神崎が腹立たしい。これで、神崎の自作自演の悪戯であったならどうしてくれようと、日吉は無言で目の前の笑みを睨みつけた。

「お怒りだなー少年。言っとくけどこれ撮ったのは俺じゃないぜ。俺だったらもっとベストアングルで撮るしな。」
「・・・そんな事は聞いていない。」

ていうか、そんな写真は即刻焼却処分してくれると日吉は内心で固く誓った。本当にこいつは名無の相棒なのだろうかと益々疑問になる。少なくとも、日吉ならば、寝ているのを隠し撮りする相棒なんて御免こうむる。

「それで、これを撮った阿保は一体どこにいる。」

日吉はそもそもの原因たる人物の所在を尋ねた。はっきり言って誰であれ、ただで済ます気はない。全ての写真と映像、それに使用した物品もろとも葬り去ってくれる。そう誓う日吉に対して笑みを深くしながら、神崎は、「その阿保を一緒に釣ってほしいんだよ。二度とこんな事できないようにするために・・・な。」と笑った。


           *

そして、この電話はその釣りの一環であった。神崎曰く、こういう輩は写真を撮るだけじゃ満足しない。声とか相手の使用済みの物とかを集めているはずだ。そんな中で、自分以外の男が居るのではないかというのは相手にとってはそれはそれは脅威―――こちらとしては動きを誘う餌であるらしく、盗聴器の類を探すという目的でこうして電話をしているのである。

「いや。もうすぐ夏休みも終わるからな。仕事がひと段落していたら、試合でも見に来ないかと思ったんだ。見てみたいって言ってただろう。明後日試合があるんだ。」

日吉は名無に悟られないように注意しながら何気ない会話を振る。彼女の背後では手筈通りならば神崎が盗聴器の類を探っているはずだ。日吉の役目は神崎が探り終わるまで時間を稼ぐことにある。お互い長話をする質ではないが、日吉はゆっくりとした口調を心がけ、会話を続けた。

(・・・まさかとは思うが、釣るときに名無を巻き込むなよ・・・)

作戦開始時からの懸念が掠めたが、意識しないようにしながら。
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