書架

□2万打記念小説
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夜中に命懸けで書いたラブレターほど、翌朝読むに耐えない物はない。また、投函したとたん猛烈に書き直したくなる。

*

現代は泥沼の底のようだ。と晃は常々思っている。自分の相棒である彼の少女は魔術師兼人形師という少々特殊な人間であり、その相棒―――晃自身は意志ある人形、または使い魔でも構わないが―――幸運なことに相棒と言われている自分は、大凡森羅万象の理から半歩はみ出している存在であるが、それでも、現代の沼の底に比べたら小さいものだと思っている。今の時代、魔術師であれ科学に生きる徒人であれ、その存在は常に世界に認識されている。只、昔と異なるのは、人の存在が数値化され、液晶画面という境界を挟み、学ぶことをやめなければ自身の知りたい人間に関してその人間以上に知ることが可能になったという点であろう。一昔前なら考えられないその泥沼は、底に行けば行くほど、色濃く・詳細に。その泥沼を覗くものはより狂気・欲望に溢れている。人の欲というのは底が知れず、情報量の多さは人の欲深さと比例しているのではないかと、晃は皮肉気に笑いながら考える。特に好意というのは一番難しいものだ。人間の持つ感情の中で基本的にはプラスなイメージを持たれるそれは、言うならば狂気への引き金だ。一瞬でそれは強欲に変わり、時に向けている相手を害する。憎悪とは好意という感情が先行しなければ抱けない感情であると、晃は思うのである。寄って―――。

「ああ。これはだめだな。ていうかこれ知ったら少年が激怒するな―――。」

自身の見つめる液晶画面の中で、己の相棒が写った写真があることにこれから先の厄介さと、自身の知る一人の少年が憤激する様が思い浮かべられて、珍しくもその顔には苦笑が浮かぶこととなった。


           *

基本的に神崎晃という人間は表に現れることは無い。類は友を呼ぶというわけではないが、名無同様に晃自身も人付き合いというのはこのような存在になる前から苦手であった。だからと言って暇を持て余せば名無の師匠たる人物に厄介ごとを押し付けられるわけで、名無が所謂学業に勤しんでいる間は、あらゆる情報を手に入れる事を彼女の師匠から言いつけられている。別段師弟関係ではない晃がいう事を聞かなくても何ら障害は無いが、あの人形師―――蒼崎橙子は時折晃に好みの仕事を回してくれるのだ。要するに等価交換の関係であり、そのためならば、こういった事を行うのも吝かではないし、元々苦手でもないから良い暇つぶしになっていると晃は思っている。何より彼女の相棒であり護衛対象である彼女に対する情報もそれなりに収集するのも守るうえでは必要なのである。そして、その情報はそんな中で得られた得られたものであった。丁度名無が夏季休暇になったせいであまり隠形をしなくなった事も理由の一つであろう。晃のハッキングしたとある人物のパソコンには、一体いつ取られた物か、大量の名無名無の写真が収められていた。全ての写真の名無はレンズの方を向いておらず、その全てが隠し撮りされているものだというのは解るが、時折、コンビニなどの防犯カメラの映像と思われるものまであるものだから驚きだ。流石に名無と言えども防犯カメラなどの機械類全てに映らないするのは難しいだろうし、何よりこれが指し示すものは―――。

「絶対こいつ名無の行動範囲把握してるだろう。―――どうすっかなあ。」


こういう相手の執着心は根こそぎおるのが必要であるが、下手に刺激すると名無にまで危険が及びかねない。そうなるとどうしたものかと頭をひねる。とりあえずは―――。

「とりあえずは、少年に協力いただこうかなあ。反応も面白そうだし。」

というわけで――――。




「よお少年。俺と一緒に変質者退治なんてどうだ?」

「・・・はあ?」


夏季休業がそろそろ終わるであろうそんなとある日の夕方。部活帰りの日吉若を捕まえて、神崎晃はニヤニヤとした笑みを浮かべながら目の前の少年を誘った。
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