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□1万打企画
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『恋の悩みほど甘いものは無く、恋の嘆きほど楽しいものは無く、恋の苦しみほど嬉しいものは無く、恋に苦しむほど幸福なことは無い』


          *

 世の中の恋仲という人間関係は千差万別ではないかと日吉は思う。それは、恋愛とは年齢を問わず、幼い子供は元より、齢3桁に差し掛かる人間でも互いを思いあう心が有れば成立する人間関係であり、それには互いの価値観、人生観が大きく影響するため、正解というのは存在しないと思うのである。要するに簡潔に言えばその者たちが幸せであれあ良いのではないのかと思うのである。よって――――

「これから俺様がお前に正しいエスコートの仕方を教えてやるぜ。着いてきな!!」
「俺らに負かしとき!日吉!」
「・・・。」
――――こういうのは非常にほっといてほしいと思うのは間違っていないと思う。と日吉はどうしてこうなったと眉をひそめた。


          *

そもそも何故このような状況になったのかそれは昼休みにまで遡る。
その日、日吉と、先日の一件より恋人となった名無と共に昼食を取っていた。まだまだ寒さは残っているが、2月も終わりに差し掛かっているからか、日差しのあるところは程よく温かい。氷帝学園の敷地は適度に自然もあるように設計されているため、温室近くには芝生のある小さな広場もある。最もこんな校内の隅の隅に来るもの好きはいないのか、人間は日吉たちくらいしかいないが、日吉も名無も騒がしいのは好まない。日吉と名無はその一角に腰かけ、互いに昼食を取りながら、穏やかな時間を過ごしていた。
「魚のバリエーションが増えたか?」
「ええ。今日は真鱈のムニエルにしてみました。食べれるものが増えて、料理が楽しくて・・・。」
そういいながら名無は照れたように笑う。先日の一件で、彼女は大きなものを失ったが、このように普通の人間の様に過ごすことができるようになった。日吉も「そうか」と笑いながら彼女の白い頬を撫でる。擽ったそうに笑う彼女に日吉も自然と笑みを零す。触れられる距離に彼女がいることが、今は日吉には代えがたいほど大切なことだ。日吉は穏やかに笑いながら、この穏やかな時間を楽しんだ。


・・・この光景を見られているとは知らずに・・・。



         *

放課後、蒼崎のもとで仕事をしている名無と別れ、部活棟への廊下を歩いていると、日吉は前方で不審な動きをしている人物を発見した。
「・・・何しているんですか?忍足さん。」
それは、既に部活を引退している忍足であった。別段引退した先輩が卒業までの間気まぐれに部活に参加するのは珍しいことではないが、彼は国立大の医学部への進学をすでに決めていたはずである。新生活へ向けて忙しいのではなかったかと日吉が眉を顰めると、扉の影に隠れるようにしていた忍足は内緒話をするように、日吉な肩に腕を回した。
「見ちゃったで。」
「は・・・?」
ニヤニヤとした声色を隠そうとせず、それどころか瞳いっぱいに面白がっている色を宿した忍足に日吉は訝しげに眉を顰める。だが、そんな反応に忍足は物ともせず、大仰に、だが、周りに配慮したのか小声で、続きを言った。

「自分と名無ちゃんがくっついたってことは聞いとったが、自分らラブラブやなあ・・・。名無ちゃんも幸せそうやったし・・・。良かったなあ、ひ・よ・し。」
「・・・見てたんですか?」
どうやら、誰もいなかったと思ったが、昼休みの光景を見られていたらしい。それで態々からんできたようである。忍足には相談に乗ってもらったこともあったが、こういう絡み方はやや鬱陶しい。ていうかこの人暇なんだろうか。

「んで、自分らどこまで行ったんや?先輩におしえてみい?」

前言撤回。徒の下世話なだけであった。そういえばこの先輩の趣味は読書で恋愛小説マニアだったはずだ。どうやら後輩の恋愛事情が気になるようである。日吉は自身の視線が絶対零度まで落ち込むのを感じながら「話すと思いますか?」と冷ややかに言い放つ。誰が好き好んで自身の恋愛事情を報告すると思うのだろうか。世の中には惚気という形で聞いてほしがる人間もいるであろうが、日吉はそういうタイプではないし、話す気もない。無視して部活へ行こうとするが、忍足は「まあ、待ちいて。」と腕を外してはくれない。振り払うのは容易いが、このまま部活にまで来られて、日吉が付き合っていることが広まるのもそれはそれで面倒なことになる。事目立つこと、人の視線を集めることは跡部を含めてこの先輩は自然にできてしまうのだ。そうなれば、第二、第三の忍足みたいな人間が現れてくるわけで、極めて面倒なことになるのである。
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