庭球 長編

□弐
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サアサアと静かな雨音が木霊する。窓から見える空は薄い灰色をしており、日吉はここ数日晴れの空を拝んでいなかった。校舎の蛍光灯に照らされたガラスは鏡のようになっていて、図書準備室の中を映している。

愛原美月の事件から約1か月が経過し、季節は梅雨へと移行していた。事件解決に伴い、テニス部は以前と同様の状態に戻り、3年生のレギュラーや実力のある跡部や忍足はすでにインターハイの予選に臨んでいる。しかしながら、入学して間もない日吉たち新入生はこの雨でコートでの練習はなかなかできず、主な練習は筋力トレーニングとなっている。練習内容にこれといって不満はないが、ラケットやボールの感触に久しく遠のいているため、最近ではこの長雨にややうんざりとしていた。
そして、昼休み、日吉はこの続く長雨に同じくうんざりとしている人物と食事を共にしていた。

「う・・・」
薄紫色のタオルを枕に机に力なく突っ伏していた女生徒---基、名無名無が力ないうめき声をあげていた。



          *

「おい。大丈夫なのか?」
机に突っ伏し、湿気のためかいつもよりもややうねりのある黒髪に視線を送る。その視線に気が付いたのか、黒髪が動き、名無のやや顔色の悪い顔が黒髪から覗いた。

「はい。なんとなくだるいだけなので・・・。日本の梅雨は湿気がひどいと聞きましたが、これほどとは・・・。」
ふうっと名無はため息をつくと体を起こした。手櫛で乱れた前髪を整えながらややうんざりとした視線を窓に送る。食欲もないのか、ただでさえ腹にたまりそうのない大きさの、中身は精進料理弁当は開かれることなく机の隅に置いてある。ただでさえ華奢な体はここ数日でさらに頼りなくなっているのは気のせいだろうか。そういえば雨の日には気圧の変化で体調を崩す人間がいるらしいと、何かの本に書いてあった。どうやら名無もその手の人間らしい。前に聞いたが彼女は長くイギリスにいたと言っていた。どうやら本格的な日本の梅雨はこれが初めてのようだ。校内は空調が効いていてまだいいが、外は湿気に加えて蒸し暑さもある。加えて、衣替えがとうに過ぎた中、名無の服装はカーディガンにスカートと暑苦しい恰好であった。見るからに暑そうな格好に日吉は眉をよせ、「カーディガンを脱いだらどうだ?」と尋ねる。

「確かに、外は暑いんですけど、校舎内は寒くて・・・。もともとクーラーなどは苦手なんです。外気と内気の温度さも体が付いていかなくて・・・。暑苦しいかもしれませんが、目をつぶってください・・・。」
「・・・。」
どうやら彼女は文明の利器が苦手らしい。日吉はため息をつくと、名無の側により、華奢な体を抱き上げた。「ふわ・・・」っと名無が驚いた声を上げたが無視し、準備室にある、ソファーに横たえ、彼女が枕にしていたタオルを顔に押し付ける。
「ちょ・・・。日吉君なにを・・・。」
「せめて授業が始まるまで寝ておけ。それじゃあ、授業に集中できないだろう。」
日吉はそういうと、椅子に座り、持ってきていた文庫本を開いた。横目で「早く横になれ」とにらむと、困ったような名無の瞳と目が合う。だが、日吉の視線に押されたのか、「すみません。予鈴が鳴ったら起こしてください。」というと、横になり目を閉じた。今更ながら無防備に男の前で横になるのはいかがなものかと思ったが、勧めたのは自分であるし、何より、出会いからだいぶ態度が軟化した彼女に嬉しくも思う。日吉は内心を顔に出さないように、無表情を作ると、視線を文庫本へ移した。
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