短編集

□優しくしないで
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甘やかさないで、優しくしないで。

もっともっと貴方を好きになって離れられなくなるのが怖いから。



「めーちゃん、何してるの?」

「っ!」

びくりと肩を震わせて後ろを見ると、そこにはカイトがいた。
私の好きなコーヒーを持って笑顔で立っている。
ちょうどあんたのことを考えて手が止まってたところよ。
なーんて、言える訳もないからパソコンに向き直り「仕事よ、仕事」と適当に答える。

「ふーん。めーちゃんは偉いね」

よしよし、とゆっくりと頭を撫でるカイト。
カイトの顔は見えないけど、背中越しにいつもの優しい笑顔を浮かべているのが分かる。

「私を子供だと思ってるの?」

本当はこうやって撫でてくれるのが嬉しくて仕方がないんだけど、キツい言葉を返してしまう。
だって、恥ずかしいし。こんなにも優しくされたらもっとカイトのことを好きになってしまう。

「ううん。大事な女性だと思ってるよ」

きゅうっと、胸が悲鳴をあげた。
そんな、甘い言葉を囁かないでよ。

私達はボーカロイド。
今は買い手がいないからマスターの元に置かれてるけどいずれは売り出される身だから貴方とも別れてしまうの。
その時、お互いに想う気持ちが強ければ強い程離れたくなくって辛くなる。
それを分かっててカイトは私に笑顔を見せるの?

「ん?」

一ミリも疑う黒さのない笑顔はむしろ、何も考えてないみたい。…いや、カイトだったら有り得る。
はあ。私ったらこんな男に気持ちを振り回されるなんてバカみたい。
私はボーカロイド。歌うだけの機械。
そう言い聞かせないと今にも人間だと錯覚してしまいそうになる私の頭もどうかしてるけど。

「私、コーヒー嫌いなのよね」

こうやって突き放せばカイトも私に優しくしなくなるでしょ?
だから、私もわざとキツい言葉を言うの。

「そっかー。じゃあ、キッチンにある飲み物全部持ってくるね。そしたら、めーちゃんの好きな飲み物一つでもあるよね?」

お願いだから、私に優しくしないで。
私は突き放しているのに。嫌な言葉を言っているのに。どうして、優しくするの!?
もう、嫌だ。
あるはずのない心臓がどくどくと高鳴っている。私はボーカロイドなのに。

カイトのせいで。

わたしは壊れてしまう。

だから言ったのに。


私に優しくしないでって。




end

2014.5.1

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