短編集

□ほわんと
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「俺はほわんとした印象の人が好きだなー」

レンはブラブラと鞄を揺らしながら答えた。
私の期待してた答えとは違って思わず声が低くなってしまった。
(私はどんな人が好きかって具体的に聞きたかったのに。それだったら、参考にならないじゃない)

「意味分からない」
「質問したのはそっちだろ。そう言うリンはどうなんだよ」
「私の好きな人…?」
「うん」
「知りたいの?」
「ええ!?」

答えたくなくって白々しくそっぽを向くとレンは大きな声を上げた。
そして、すぐに私の肩を掴んで向かい合う形で動きを止められた。

どさり、鞄が落ちる音がする。

「何で肩掴んでるの」
「リンのその言い方…好きな人いるみたいじゃん」
「いたら、ダメなの?」

う、と喉が詰まった様な音を経ててレンは止まった。
次の言葉を必死で探しているのだろうけどなかなか出てこないみたいで、次第に顔が赤くなっていく。
(何なの、その表情。…何でそんな表情をするの?)

「…うー…何か分かんないけど…嫌な感じする」
「はっきりしないのね。さっきもそう。ほわんとした感じなんて全く分からない」
「そんなトゲトゲするなよー!」

至近距離で照れたレンの顔。
両肩を掴んでいるから何にも覆われずに私に全てを見せている。
きゅううっと胸が苦しくなって嬉しくなったのは一瞬で、改めて事実に気がついた。

(私はほわんとした女の子になれない。いつもレンにはキツいことばかり言って、好かれる要素なんてない)

好きになってもらえない。
そのことに気がついてしまった私は先程の喜びがなくなって、ただ困っていた。
今更ほわんとした人になんてなれないことは分かっているから諦めるしかない。

(けど…諦めるなんて出来ない、なら。トゲトゲしない女の子になるの)



その日から、私は変わった。

ほわんとした女の子になろうと努力した。
常に笑顔を絶やさないで。
真っ直ぐ過ぎる短髪を伸ばしてカールさせて。
肉付きの悪い骨ばった体に肉をつけて、どこを触れても柔らかく。
柔らかい言葉使いで、男の子と話すのを止めた。
私の精一杯の努力。

全てが完璧になる時まで出来るだけレンに会わない様にした。
でも今日こそ。

「よし!」

ばっちり整った今日こそ、レンに会える。





「…どうしたの」

低いレンの声。
久しぶりに会ったから低く感じる訳ではなくて、レンは驚いた様に低い声を出していた。
(久しぶりだから、なの?)

「何か…?」
「リン、でしょ?」
「そうです。忘れたんですか?」
「いや、そうじゃなくて何か変って訳じゃないんだけど…変化し過ぎてて驚いたって言うか…」
「?」
「っか、…」

私がレンの顔を覗くと目を丸くさせて言葉をなくした。
じわじわとレンの耳が赤くなる。
照れている時のクセ。

「か、可愛い…」

しばらく口を動かしてから溢した言葉に、私は息を飲んだ。
驚いたから、嬉しかったから、感動したから。
一つの理由では済まない感情がぐるぐる回る。
変わる前は褒めてもらったことなんて一度もなかった。
しかし、この格好なら褒めてもらえる。

「でも」

レンは怪訝な表情をした。
言葉を区切って私の方を悲しそうに見る。



「リンには似合わない」




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