高尾作品創作

□ビックリ箱
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 小さい頃、ハガネが一度だけビックリ箱を誕生日プレゼントとしてくれたことがあった。
 ハガネは俺の疲れを吹き飛ばそうと考えて選んでくれたのだろう。しかし、幼かった俺は開けた瞬間驚きの余り泣いてしまった。
 今の俺だったら勿論泣かないさ。あの頃は若かったから仕方がないのだ。
 俺が泣いたあの時から、ハガネはビックリ箱の事を一切口にしなくなった。そのままプレゼントのビックリ箱は捨てられたのかもしれない。
 そして、俺はあの出来事以来ビックリ箱が嫌いになったのだが、現在回避出来ぬ現実が目の前にあった。



「風茉くんのお部屋掃除してたら、これ見つけちゃった」

 そう言って愛しの人、もとい咲十子が懐かしい埃の被った箱を俺に見せた。それは、忘れもしないあの時のビックリ箱だった。

「そうか。どうして、それをここに?」
「何か不思議な感じだったから?」
 質問しているかの様に首を曲げながら咲十子は言う。その仕草は彼女の年齢とは不釣り合いなのだが、何故か咲十子だと似合ってしまう。
「不思議な感じ、か。確かにそれはあるな」
 小さな箱。振るとカラカラと音がなる。確かに中に何が入ってるか分からない咲十子には不思議だ。
「でしょう?何が入ってるのかな?も、もしかして宝の地図みたいなのが…いやいや、流石に現実離れしてるよね。なら、この家の隠し財産かな?」
 キラキラと瞳を輝かせて様々な妄想を繰り広げる咲十子を、箱の中身を知っている俺としては、複雑な心境で眺めていた。
 けれど、咲十子にビックリ箱だと告げれない自分がいる。咲十子の微笑ましい想像を見ていたいというのもあるが、第一にまだビックリ箱が怖かったからだ。
 そんなことは咲十子には言えないが、な。
「中、開けてみようかな…」
 ゆっくりと慎重に箱を開けようとする咲十子を見て、思わず強く言ってしまった。

「開けるな!」
 ─瞬間、咲十子の顔から笑顔が消えた。と思う。咲十子が悲しい表情をするのを見ていられなくて、すぐに後ろを向いたから。
「そ、う。ごめんね。私はただの居候なのに勝手に開けようとしたりして」
 顔を見なくても分かる落胆した声色に、ずきんと胸が痛んだ。
 違う。俺は、咲十子を怒ったんじゃなくて。違う。勘違いしないでくれ。ただ、格好悪い姿を咲十子に見られるのが嫌だっただけなんだ。
 けれど、口にしない思いは伝わらない。咲十子は一瞬柔らかく微笑んでから、パタパタと俺の部屋を出ていった。

 後悔と申し訳なさがグルグル心の中で回る。ただの俺の保身の為だけに、咲十子を傷つけた。自分が、憎い。
 ああ、もう。何故俺はこんなところで座ったまんまでいるんだ。
 咲十子は俺が走って逃げ出した時、必死に追いかけてくれたというのに。俺は。咲十子に何を?

 気づけば俺は部屋を飛び出し、無我夢中で走っていた。咲十子に本当のことを話すため、咲十子に謝るため。
「咲十子!!」
 ふわり、咲十子のシャンプーの匂いが鼻先を霞め立ち止まった。いや、咲十子の匂いがしたから止まったのではない。広い廊下にそぐわない大きな白い箱があったから思わず止まったのだ。
 昨日まではこんなところに箱なんてなかったよな、と確認しようと近づいたその時。
「わぁっ!!」
 箱の上部が開かれ中から咲十子が飛び出してきた。
 あくまでも冷静なフリを装いながら、ゆっくりと箱から出ようとする咲十子を見つめ、鼓動を静める。
「ごめんね、風茉くん。びっくり箱を開けようとしたりして」
 それと、これと何が関係あるのだ。と、聞こえとしたが声にならずに終わる。
「鋼十郎さんから聞いたの。びっくり箱に纏わる風茉くんの過去」
 カアッと、頬に熱が籠るのが分かった。
「あ、そんな情けないな。とか思ったりしてないからね。安心して」
「なぜ、咲十子は箱から出てきたんだ」
 
 咲十子は笑った。
「びっくり箱の中に入って私がばあっと出れば、風茉くんのびっくり箱への辛い思いとかが全部なくなるかもって思ったの。ほら、どのびっくり箱ももしかしたら私が入ってるかもって思ったら楽しいでしょ?」
「たしかに、な」
「風茉くんの辛い思い、とか、悲しいこととかを私も共有して減らしていきたいなー……とか、自分勝手だよね」
 咲十子が俯いてぼそりと溢したから、すぐに咲十子の視線の先まで腰を落として入る。
「そんなことない。俺は、すごく嬉しいぞ」
 咲十子が俺のことを考えてくれるだけで幸せなんだ。なんて恥ずかしいから言えないが。
「ふふっ。風茉くん、大好き」
 花が咲いたのかと思う程、柔らかな笑顔で咲十子は笑った。
 その笑顔を見ているだけでドキドキと胸が高鳴る。
 なんだ、俺は咲十子といる時が一番ドキドキしてびっくりして驚いているんじゃないか。
 咲十子の行動1つ、1つが俺のことを驚かせる。
 まるで咲十子はびっくり箱みたいだ。



2014.7.29

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