高尾作品創作

□愛しているって言って
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(注)
風茉が高校生設定
咲十子は風茉の家で家政婦的なことをしながら社会人



「咲十子、今日の晩御飯は咲十子が作って。料理人のより咲十子の料理が食べたい」
低くなった声にまだ慣れずに思わず身体を震わせてしまった。
廊下掃除をしていた私はモップを背中に隠しながら、風茉君を見送るために玄関まで走る。
風茉君は私が家政婦みたいな仕事をすると嫌な顔をするから、バレないようにしないといけないから。
さすがにモップを持っていたらバレるかもしれないけど何とかやりすごそう。
「う、うん。分かった…学校行ってらっしゃい」
「行ってきます…」
風茉君が私をじとっと見たまま止まった。
あら、忘れていた。
「頑張ってねのちゅー…だよね」
私がそう言うと風茉君は私がキスしやすいように少しかがんだ。
いつもの様に目を閉じて待っている。
ちゅっと、鼻先に唇が触れる程度にキスをすると風茉君は不服そうに顔をしかめた。
「それだけか」
「まだ大人なちゅーは早いのよ」
「ふん。じゃあ、行ってきます」
鼻を鳴らして学校へと歩く風茉君の後ろ姿を眺めながらぼんやりと思う。

私がここにいて良いのだろうか。

私はこの家に借金を負担して貰うどころか生活も、全て面倒みてもらっている。
こんな私が出来ることなんて家事だけなのに、風茉君はそれを制限する。
『俺の婚約者なんだからそんなことしなくて良い。ただそこにいるだけで良いんだ』
そこにいるだけってナニ?
それって私じゃなくても良いよね。
誰かがいてほしいならハガネさんに寿千代君もいるし、女性だったら一美ちゃんもいる。
なら、私のいる意味って?
…ないよね。
風茉君にいつも迷惑ばかりかけて本当に自分が嫌になるのに、風茉君はそんなダメな私を甘やかしてくれる。
甘やかしてくれるから更に私はダメになる。
もう私は風茉君がいないと生きていけないし、私を見てくれるのは風茉君だけだって分かっているから抜け出せない。

風茉君はもうじき17才。
高校生となって青春真っ只中。
顔もカッコいいし、頭も良いし、会社を経営しているエリートだから沢山の女子生徒から女性教員まで色んな人が家にやってくる。
けど、風茉君はその人達に興味を示さない。
どう見ても私よりも色っぽくて綺麗なお姉さんがやって来た時も、風茉君は無反応だった。

なのに、私に『好き』と囁いてくれる。
初めて風茉君が私のことを一人の女として見ている。と言った鴇には自分の耳を疑った程。
年は離れてるし、私は可愛くないのに何で風茉君が私に好きと言ってくれるのか分からない。
いや、好きと言ってくれること自体は嬉しいんだけどね。

きっと近くにいる女性が私だけだから風茉君は勘違いをしているんだと思う。
思春期男子は勘違いする生き物だって誰かが言っていたし、風茉君の私への愛情も今だけ。
強要されている頑張ってねのちゅーも今だけ。

今頑張れば風茉君は他の女の子を好きになって、私なんて忘れて別の人生を歩む。
悲しいけど、それが運命だと思うから。
今だけは風茉君の婚約者を務める。
それが終わったら私も終わり。
捨てられるなり、なんなり。
そもそもの借金を作った原因のママは、事故死してしまって天涯孤独になってしまうんだけどそれでも良い。
風茉君が幸せになってくれるなら。

それで良い。


隠していたモップを取り出し、私は廊下掃除を再開した。



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