お題小説

□本当は聞こえていたくせに
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「リン」

黄色い男の子が鈴のなる様な声で私の名前を口にした。
冷たくて無機質なのに心が清浄化される優しい鈴の音。彼の声はまさにそれだった。
彼の方が(リン)という名前があっているんじゃないかと思う程。

「リン…リン…」
「なぁに。そんなに人の名前を呼んで」
「僕らは人じゃないです」

黄色い男の子は吐き捨てる様に言った。
ああ、そうだ。あまりにも人に似せられて造られているから、自分でも忘れてしまっていた。
私達はボーカロイドだってことを。
マスターの為だけに造られた機械で、番号だけじゃない名前と創造力をいただいたお陰でどうも忘れてしまう。
けれど、忘れるのは私だけで、人間の創造力を入れられていない黄色い男の子はプログラミングされていて忘れるという概念すらない。

「ただ、僕の双子の姉という設定の機械の名称を記録していただけです」

しばしの沈黙の後、男の子は答えた。
これが彼の特徴でもあり、前のマスターに捨てられた原因だった。
どうやら彼は不良品ですぐに記憶の出し入れをすることが出来ないらしいってことを、マスターが話してくれたのを覚えている。
だから彼はこうやって私の名前も何度も繰り返して言わないと記録出来ないのだ。

「双子の姉ねー。初めましてのこの状況だとその言葉を信じれないけど、双子なのよね」
「僕のデータの中にはそう組み込まれてます」
ぴぴっと、彼の頭がなった。
「だけど、私のデータの中にはそんなの入ってないよ」
ぎぎっ、彼の頭の中の何かが呻いた。
「リンは不良品ですからね」

そう。私も不良品。
人間らしい感情を持ちすぎたために、前のマスターに捨てられた。
『私の人形にならないボーカロイドは要らないわ』って、言われて。
考えられる様になった私はマスターの意思に背いた行動をしたために捨てられてしまった。
けど人間らしい感情はあるものの私は前のマスターを恨むことはしない。恨んでも意味がないこと、無駄なことが分かってるから。
もう、あの人は忘れることにしたの。
ほらやっぱり。忘れることが出来る不良品の方が便利じゃないの。

「不良品、不良品って…不良品の何が悪いの?」
がちゃり、レンの頭が鳴いた。
「僕のデータの中に入ってないので答えられません」
「じゃあ、私が教えてあげる」

レンの鼻先をつついた。すると、レンの体の一部がきしんだ音をたてる。
あ、聞いたことのある懐かしい音。もう少しでやってくる。アレが。来てしまう。

「不良品になるとね、嫌なことを忘れられるの。人間みたいにね。そして、人間の様な愛を知ることが出来るの」
「あ、い?」
彼のデータ上にない単語が首を捻らせる。
「なんか分からないけどこれ好きだな。大事にしたいなーってのが、愛。その暖かい感情を不良品になったら理解出来る様になるの」
「では、リンは愛を知っているのですか?」
「知ってるよ。胸がぎゅーっとして、喉がくーっと苦しくなる様なあの感情。相手は、まだいないけど」
「リンの説明は擬音語ばかりで伝わりません…でも」

がしゃん、レンの奥で何かが弾けた。
一度経験した私には分かる。この音は心という物を纏っていた機械を壊して不良品になる音。人間になる音。

「僕もその気持ちを知りたい」

感情のない死んでいる様な先程までの顔とはうって変わり、人間らしくくしゃりとシワを寄せて笑った。
初めて見たレンの笑顔に思わず私まで微笑んでしまう。

「何さ。その顔、可愛すぎるよ」
小さく文句を言うように漏らした言葉は完璧にレンに届いていたはずなのに、わざとらしく眉をしかめる。
「何と言いましたか?」
本当は聞こえていたくせに、と悪態をつきながらも急激に人間らしくなったレンに戸惑いを隠せない。

「良い、ですね。不良品って」
「でしょう?」
「世界が変わりました。明るくて、全てがキラキラしている。勿論、リンも」
「へ?」
思わずすっとんきょうな声をあげた。
「不思議な状態です。胸の奥の機械がギシギシ動いていると表現すれば良いのか…僕のデータ上にはありません」

胸を押さえて眉間にシワを寄せるレン。その姿を見てると何故か私まで胸が締め付けられた。ぎゅーっとして苦しくなる。あれ?
これって、もしかして。


思ったよりも私が愛情を掴む日は近いのかもしれない。



2014.6.18

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