捧げ物

□3600番キリリク
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「安藤さん、今日の午後出掛けたいと思ってるんですが一緒に行きませんか?」

 オレがそう言うと安藤さんは口角を軽く上げた。
「新作のスイーツが今日発売だってテレビで観たんですね。しかも、それがお一人様3つまでだから私も連れていって沢山買いたい、と?」
 ぐ、と喉が詰まった。
 本当にこの人には隠し事が出来ない。いや、隠していた訳ではないが言ってもいないのに安藤さんは全てを把握している。
 嬉しいような、恥ずかしいような不思議な感情が沸き上がってきて思わず手で顔を隠した。
「…正解です」
「ははっ…だと、思いました」
 安藤さんは軽く笑った。




「いやー。今日発売だから相当並んでいると思ってましたが、予想通りですね!」
 安藤さんは大声をあげながらキョロキョロと辺りを見回している。
 けど、オレは見ることが出来ない。何故なら周りにはスイーツを求めて並んでいる女の子達でいっぱいだから。
「安藤さん、人が多いのを確認しながらも周りの女の子達の観察をしてますよね」
「はっは。こんな炎天下の中長時間並ばされてれば癒しが欲しくなるってものですよ」
「だからってナンパは止めて下さい」
 隣にいる女の子の腰に腕を回しながら話しかけていた安藤さんを引っ張って、オレの隣に戻すと小さく舌打ちをしてから微笑んだ。
「あれ、坊っちゃん。それって嫉妬ですか?女の子に手を出せなさすぎて遂には蕀の道を進むんですか?」
 いつもの笑顔はヘラヘラって感じでだと思っていたのだが、今の笑顔はニヤニヤって感じで、オレの反応を楽しんでいるように見えた。
 だが、素直に面白い反応(慌てたりとか?)を見せるのは何かに負けた気分になるからあくまでも平然とした態度を見せた。
「言っている意味が分からないんですけど。嫉妬な訳あるはずないじゃないですか」
 すると、安藤さんは少し表情を曇らせた。
 怒っているのかと思わせるような表情だったけど、怒らせるようなことはしていないから目を反らした。

「素直に嫉妬してましたって言えば可愛いんですけどね…」

 だから、安藤さんが小さく呟いた一人言を聞き取ることは出来なかった。




「2時間並んで手にいれることが出来たのはプリン6つだけって空しくないですか?」
 ようやくお目当てのものを手に入れることが出来てホクホクしていたオレとは正反対に、安藤さんは不満気な表情だった。
 ベンチに腰かけるオレの前にわざわざ仁王立ちしているところから、結構ご立腹なことが分かる。
「安心して下さい。ちゃんと安藤さんの分もありますから、はい」
 袋から2つ取り出して1つを安藤さんに渡してから、残りを自分の手元においた。
 よし、この残りのプリンは家に帰ったら一人でじっくりと堪能しよう。
「ありがとうございます。ところで坊っちゃん、そのプリン全部自分のものにする気ではないですよね?こんなに頑張らせておいて対価はプリン1つって少なすぎますからね」
 また、心臓がどきっと鼓動を速めた。
 まったく。なぜ安藤さんはオレの心の言葉を理解しているんだ。
「顔に出すぎなんですよ」
「ああなるほどねって…安藤さん。今、オレは口に出してましたか?」
「出してないけど分かりますよ」
「は、はぁ」
 安藤さんは不思議な人だ。
 いつも女の子のお尻ばっか見ていると思っていたら、ちゃんとオレのことも見ていて理解している。
 もにゅ。ああ、やっぱり甘いものは美味しい。もにゅ。カラメルとの相性が抜群だ。もにゅ。もにゅ。

「あ」

 視界の片隅に春が映った。一瞬だったけど、あの歩き方や姿は春に間違いない。
「どうしたんですか。口からプリン漏れてますよ」
「安藤さん、ちょっとプリン持っててくれますか?」
 ずっと春が見えた方向に顔を向けながら、安藤さんにプリンのカップを渡す。
「ええ良いですけど。甘いもの好きの坊っちゃんが途中で残していく程の美女はどこですか?」
 丁度安藤さんが後ろを振り返った時に、再び春がオレ達の視界に入る距離に現れた。
 やっぱり春だった。まだ、こっちには気がついてないから急に現れて驚かせてやろう。そうしたら春はどんな顔をするのかな?
 無意識の内に、にやぁーっと頬が緩んでいた。それを直しながら春に向かって走ろうとした時。

 腕を引かれた。

 くんっと、上体が後ろに反れたせいでバランスを崩してお尻から地面に落ちた。
「あたたた…何するんですか、安藤さん」
「いやぁ。何ででしょうね。自分でもこんな感情があったことに驚きですよ」
 オレの腕を引いた手をグーパーと開閉しながら不思議な表情をする安藤さんにも、自分のした行動が分かってないみたいだった。
「一体どういうことですか」
「んー。何でしょうねー」
 いつものように曖昧にヘラヘラと笑いながら安藤さんは言った。
「じゃあ、春を苛めに行くんでちょっとの間だけプリンをお願いします」
 そう言って立ち上がろうとした時、また腕を引かれて地面に落ちた。2回目はないと油断していたから今度の被害は尻だけでなく頭まで及んだ。
「なっ…んですか?オレが何かしたんですか?いつもの仕返しなら今じゃなくって後にして下さい。今は春を追わなくちゃ…」
「分かりました」
 安藤さんの言葉は低く、通る。いつものようなヘラヘラした笑顔はなくなっていて真面目な顔つきだった。
「どうやら私は貴方が春坊っちゃんを構うことが気にくわないみたいですよ」
「へ、それって、どーいう…」
「そのままの意味ですよ。春坊っちゃんのところに行かないで下さいって言っているのが分からないんですか?」
「いや、分かりますけど」
 むしろ分かっているからこそ更に事態が分からなくなっている。という、何が何だか分からない状態。
「だから帰りませんか?」
「えっと、いきなり話が変わりましたね。まあ、帰りましょうか」
「はい」
 安藤さんがオレに向かって手を伸ばした。その意味を理解してその手の上にオレの手を乗せた。
 安藤さんのゴツゴツした手は力強くオレの手を包んで、歩き出した。

「いやぁ、私は女の子が好きだったはずなんですけどねぇ」
「そう言いつつも女の子を目で追ってるじゃないですか」
「それは…嫉妬ですか?」
「だったら良いですね。ふふっ…」

 オレが笑うと、安藤さんも笑った。



end
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