ヘウン


□残像 4
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*****




「症状が、何も出ていないんです。」


「...え?」




先生が俺たちに伝えた一言は、予想外だった。



ヒョクチェの病気の進行状況や、あとどれだけの命で、あとどれだけの生きられて、あまり派手な運動はさせないで欲しい、

これくらい言われることは覚悟しておいたのだが。




「それって、どういう意味ですか
...僕等は、喜んでいいんですか?」


ソンミナが眉間にしわを寄せながら先生に尋ねた。

先生は腕を組んで俺達二人を交互に見る。
俺は思わず、手を強く握り締めた。




「なんとも言えませんが...、あまり良い事ではないと思ってください。
診察の時点で末期だということは分かっていました。

胆のうがんというものはもともと40歳未満での発症というのはまれな病気です。
さらに男性の2倍以上、女性に発症しやすい病気でして、私もイさんのような若い男性の患者はそう会ったことがなくて...、」




息を呑んだ。


特に何か恐ろしいことを言われたわけでもない。
今のところは、病気の概要の説明だけ。


なのに、滝のような汗が止まらない。




やけに喉が渇いた。

水が欲しい。





何でもいいから、今のこの状況から抜けられる口実が欲しい。










怖い



怖い










それ以上、何も言わないで。





たとえ良い知らせだったとしても












もう、心臓が潰れそうなくらい、




怖い


















「そもそも胆のうがんそのものによる特徴的な症状は特にないんです。

ただ、他のがんと同様、発熱や腹痛、黄疸、嘔吐、吐血、体重減、腹部腫瘤など、様々な症状があります。

少なくとも黄疸は、まだ全く見られません。

何かの症状は見られていますか?」


「...えと、食欲がないくらいですかね...、
あと、体重が減ってるのは確かです」

「...そうですか、」

「...あの、症状がでないと、どうなんですか?
それは病気がなおってるって証拠じゃ?」



思い切って声を出した。



だって、すこしでもそう思わないと、おかしくなりそう。


俺達はまだ、ヒョクチェの命が残り少しって事実を受けとめきれてない。


死ぬ事なんてない
死ぬ必要はない
死ぬ理由がない
死ぬにはまだ早い




そう願い続けてる。


そう願い続けなきゃ、もうもたないくらいに体が限界を迎えてる。


























「...診察に来た時点で、もう転移が始まっていましたから、その確率は少ないでしょう。

胆のうがんにおける転移とは、がん細胞が血液やリンパ液と一緒にほかの臓器に入り込んだものを指します。

肺、肝臓や骨に転移すると手術はもう不可能なのです。

...残念ですが、おそらくは遺伝でしょう。
100%遺伝が証明されている病気ではありませんが、もともとがん家系だと聞きました。

症状として出ていないだけで、今はもういつ倒れてもおかしくない状態のはずです。

...覚悟だけは、しておいてください。」


「......。」








初めて、背筋が凍るのを肌で感じた。



目の前の風景が歪んで見える。



ずっと前から、分かってたことなのに。




先生の口から次々に出る淡々とした言葉に、もう頭がついていけていない。











溺れる。

溺れる。





積もりすぎた不安が波にとなり、大氾濫を引き起こす。


抗いきれず、流されて、溺れる。









手を伸ばす。

手を伸ばす。





何もつかめない。







掴まれるところなんてないくせに、それでも手を伸ばして頼れる宛を探す。


伸ばした手は空中を割いて、結局元の位置に戻ってくる。






















練習生の期間、ずっとデビューできなくて不安な日々が続いた。


5年、という途方もない月日が俺の精神をグラつかせた。






でも蓋を開けてみれば、ヒョクチェの練習生期間は6年。


俺よりはずっと長いのに、ヒョクチェはいっつも笑ってた。




感情屋で
泣き虫で
頑固で
皆から愛されてて
優しい子で





ヒョクチェはデビューしてからずっと、叶わぬ恋をし続けた。






ヒョクチェの恋は、




学生時代の初恋のように純粋で
涙が出るほど綺麗で
身震いするほど甘くて
目を逸らしたくなるほど残酷で





「昔っから、ロクな奴を好きになった記憶がない」



はにかむように笑っていたヒョクチェの顔が脳裏に浮かぶ。







ああ、ヒョクチェ。







お前はあの時も泣いてたんだな、心で。







ごめんな、気付いてやれなくて。






あの時の俺はまだ未熟で
毎日が必死で
余裕なんてなくて


リーダーのくせして周りの人の事何も考えられずにいた。





今なら分かるよ。



いくらでも聞いてあげる。














だから、まだいかないで。







俺をおいて、

ドンへをおいて、

家族をおいて、

大好きなメンバーをおいて、






勝手にいってしまわないで。







































































「...トゥギヒョン...!」




目眩がして、バランスを崩しかかった。


隣にいたソンミナが真っ青な顔をして、俺の手をがっちり掴んでる。




息切れが酷い。

まるで悪い夢でも見ていたかのように。



(...夢....?)




いや、違う。


信じたくなくても、これは現実なんだ。











「...ヒョン!しっかりして!
...僕等しか、ヒョクチェを支えてあげられないんだから!」





見れば、ソンミナの目には涙が溜まっていた。


あんなに透き通っていたソンミナの目には、深い疲労と不安が入り交じっている。




ソンミナ涙目になりながら、それでも震える手で必死に俺を支えていた。




ちょっとバランスを崩しかけた俺なんかより、ソンミナはずっと疲れてるように見える。









...ああ、そっか。




ソンミナにとって、ヒョクチェは本当の弟みたいなものなんだよね。


俺と過ごした時間より、ヒョクチェと過ごした時間の方がずっと長いソンミナは、今こうして立っているだけでも精一杯のはずだ。




そんな不安定な状態のこいつですら、こんなにも頑張ってるっていうのに、俺は何をしているんだ。
































ただ、ひたすらに願う。




頼むからもってくれ、俺の体。












事のすべてが終わって、




メンバーやエルフ達がその事実を知って、




なんとかその非難の言葉からソンミナを守って、












それが終わったら、もうどうなったっていいから。












何がなんでも、俺がこのグループを守り抜くから、









その為の俺一人の犠牲なんて安いもんだ。















だから、何がなんでももってくれよ、俺。




















もう、メンバーはみんな気づき始めてる、ヒョクチェの異変に。







俺やソンミナだって、確実に疲れてる。














でも優しいメンバー達は、深く聞こうとはしない。





ごめんな、みんな。

ごめん。







ハンギョンのときとはまた違った衝撃だろうけど















お前たちなら乗り越えられるって、兄さん信じてるからな。











すべてが終わったら、みんなでちゃんと胸を張って言おう。

















《우리는 슈퍼 주니어입니다!》




〜俺達は、スーパージュニアです!〜







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