ヘウン


□残像 9
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*****







「....どこにも、行かないで、
...........ずっとここにいてよ....。」

『.......、』



ヒョン達に何を言われても、
俺だけは泣かない自信があった。

それがたとえヒョン達じゃなくて
家族だったとしても。

勝手に一人で逝くのに俺が泣いたら、
残されてく人達に申し訳ないから。

でも。

やっぱりドンへだけは、
俺の固い決意を簡単に揺るがしてくる。

こみ上げそうになる涙を
必死に抑えて、とてもじゃないけど
声なんて出せる状況にない。


そう。俺はずるい。

直前になるまで何も言わず、
みんなを取り残して勝手に消える。

無責任。傲慢。自分勝手。


そんな俺が、
泣いていいはずなんてないのに。





『....泣かないでよ、ドンへ...。』

「...だっ、てぇ、」

『...ドンへが泣いたら、俺が笑ったままさよならできないだろ。』

「...嫌だ、さよならなんか、...嫌だ!」

『...ドンへ、』

「....ヒョクチェがいないのに、
...俺、どうやって生きてけばいいんだよ、」

『...大丈夫、ドンへは強いから、
俺なんかいなくても、一人で歩いてける。』

「嫌だ!...俺、強くなんかない!
強くなりたくなんかない!!
...ヒョクチェがいなくても一人で生きてける強い人間になんて、なりたくないよ.....、」

『....ドンへ、』

「......嫌だ、嫌だ....!」

『........ドンへぇ、』

「............やだ、」

『..........ドンへ、.....ごめんな。』



ドンへに対してもメンバーに対しても
謝罪の言葉しか口にできない自分に
イラついて、

そんな自分が悔しくて、歯を食いしばった。


もう、限界だ。


ドンへの懇願はもっともだし、
俺自身にとっても嬉しいことだ。

だって、この10年越しの片想い。

報われないと分かっていても、
死ぬ間際に、ずっと思ってた人に
そんな風に悲しんでもらえて、
少しでも自分の事を特別≠セと思ってくれているって思えるから。

たとえそれが錯覚でも。
俺の自意識過剰だとしても。


でも、ひとりの人間として。
好きな人である以前に、友人として。

俺はドンへに、笑ってて欲しい。

最期に見たのが
好きな人の泣き顔なんて、

そんなのあまりに悲しすぎるじゃんか。





『......ドンへ、....ごめん、ごめんね...。』

「...謝んないでって、嫌だ、そんなの、」

『....もう、俺は、いかなきゃ、』

「嫌だ、嫌だぁ、...そんなの、
....手術、受けてよ、今からでも、
元気なヒョクチェに、...戻ってよ、」

『........。』

「...声なんて出なくていい、
...また二人で、ツアー、やろうよ、
.....ねぇ、ヒョクチェ...」

『..........。....ドンへ、笑ってよ。』

「.....っ、」

『...ドンへが笑ってくれなきゃ、
...俺、安心して死ねないじゃんか....。』

「...やだ、安心なんてしないで、
......死なないで、側にいて、」



目の前にいる自分と同い年のはずの親友は
まるで駄々をこねる子どもそのものだった。


嫌だ∞やめて

どこにも行かないで∞側にいて


それは、周りの大人から見れば
怒りの対象になるのかもしれない。

いい歳してガキみたいな事言うな≠ト。

でも俺から見たそれは、
なぜだかどこまでも俺を安心させた。

きっと、ガキみたい≠セからこそ。

自分の想いを変に包むことなく、
ストレートに伝えられてると思うから。

目の前で泣きじゃくりながら叫ばれてる
この言葉が、嘘じゃないって分かるから。



『....、ねえ、ドンへ?』

「............。」

『....ドンへってば。』

「....、なに、」

『.....うたっ....て、よ。.....』

「....え?」

『....聴きたいんだ、...ドンへの歌が。』

「.....なんで、こんな時に、」

『......。...楽しい歌がいいな。
ほらさ、笑うとガン細胞が減るとかって言うじゃん?
...、だからさ、歌ってよ。』

「...、」

『....ね、ドンへ?』




目の前のドンへの目からまた
大粒の涙が頬へと零れ落ちた。

綺麗な涙だと、思った。

掬いとって凍らせれば
そのまま宝石になってしまうんじゃないかって思うくらい。

それくらい、透き通った、
混じりけのない透明な液体。



「......ぅん、....。」



目を真っ赤にしながら
ドンへは小さな声と共に首を縦に振った。

一体こんな状況で、自分はどうして
歌わせようとなんてしたんだろう。

一体こんな状況で、
ドンへは俺のためなんかに
何を歌ってくれるというのだろう。


必死に呼吸を整えようとするドンへの背中を
これまたドンへと同じくらい泣いているリョウクがさする。

そんなリョウクにつられるように
涙を流すメンバーが次々とドンへの背中に手を伸ばす。

伸された手は誰の合図もなしに
自然と折り重なってゆく。

まるで誰が何番目に手を重ねるのか
決まっていたかのように。


( ...俺は、これを知ってる...。)


そう。

それはまさに、気持ちをひとつにする、
コンサートの、SUPER SHOWの前みたいに。


自分もその背に手を伸ばそうとして、
改めて気がついた。

俺はもう、あそこに混じれないんだ≠チて。

もう手は伸ばせない。
もう手は届かない。

もう俺は、SUPERJUNIOR≠カゃない。







「....、또 택、하면 돼....、 내삶의 、...concept.....、」





震えるドンへの歌声にはっとして
一気に現実に引き戻された。

それは、俺が初めてドンへの声を聴いたときのような
少しだけ音の外れた、少し懐かしいドンへの声だった。


( ....、この曲、...、)


正直、驚いた。

あまりに今のドンへの声と選曲がずれすぎている。


楽しい歌がいいな。

ほらさ、笑うとガン細胞が減るとかって言うじゃん?

...、だからさ、歌ってよ。


これが、こんな状態のドンへが俺への花向けのために選んだ歌らしい。

涙と鼻水混じりのその歌声は
底抜けて明るいその曲には全く合っていなかった。

けど、病室の窓から覗く
雲ひとつない晴れた青空に、
その歌声は驚くほど溶け込んでいた。


みんなでいろんな服を着て撮った
ミュージックビデオが懐かしくて、

目を閉じると
瞼の裏に走馬灯のように駆け巡る。



Wonder Boy



確かこの曲が主題歌となった
映画は、高校生の設定だったっけ。

高校生、...沢山の出逢いがあった時期だ。


出逢い、語り合い、笑い合い、
突然終わりを告げて、
別れて、泣いて、立ち上がって、
また、出逢った。


一体なにをいくつ学んで、
なにをいくつ失ったのだろうか。

そんなかけがえのない
青春の1ページを、まるでアルバムでもめくるかのように

頭の中にそっと呼び起こす。

脳裏に駆け巡る記憶は、
俺が一番輝いていたその季節を鮮明に映し出していた。










また選べばいいんだ
自分の人生のコンセプト

ピリッとした世界の中に

僕は上手くやるから
優秀な僕だから

信じてみて 鏡を見て

光を望んで いつも明るく

見えない涙はあるだろうけどさ

分かってよ













*****







『.......。』


そっか、そうか。
俺の人生だもんな。

何回も廻り廻って、いつか生まれ変わって
またドンへに恋するかも分からない。

世界は丸いんだ。小さいんだ。
果なんてないんだ。

いつか必ず、また出会えるから。


そのいつか≠ェいつになるか
今の俺には全くわからないけど。

ありがと、ドンへ。

これで俺は安心して、
さよなら¥o来るから。









*****









この小さな世界の中で

この小さくて弱い自分の胸の中には

明るい世界を抱きしめてる

走ってみようよ、明日に向かって
恐れなんてないんだ

未来は自分の中に











「....、고독한、 っ、태양아래 밝게 ...、」



しっかり歌っていたはずのドンへの声は
再び涙声が濃くなってゆく。


未来は自分の中に


ドンへは今になってやっと、
自分の選曲ミスに気が付いたみたいだった。

その歌は俺への花向けの言葉でありながら、
ドンへが自分自身に語りかける自戒の歌になっていた。



「....っ、....ぁっ、....っく、」



またドンへが泣き出す。

そんなドンへに、俺はあえてなんの言葉もかけない。


駄目だよドンへ、お前は生きなきゃならないんだ。

俺の分まで。

俺が叶えられなかった夢、お前が叶えるんだ。


俺には、無理だった。
気付いた時には、もう遅すぎた。

自分を見誤り過ぎた。
自分を買い被り過ぎた。

俺なんて無力でちっぽけな存在なのに。

まだできる≠ネんて、過信。
もう少し一緒に≠ネんて、図々しい思い込み。


俺は、自分自身が思っていた以上に
もろくて儚い存在だったんだ。

お前みたいに
頑丈には作られてなかったんだ。


生まれついての運命。

もう珍しいものでもないかもだけど、
先祖代々病気に支配されてきた遺伝子。

自分の家族を、自分の家系を恨んだ事は、一度もないけど。

だって、この遺伝子じゃなきゃ
俺は今ここに居なかった。

俺として生まれられなかった。

メンバーとも、親友とも、ドンへとも
出会えなかった。


だから、覚悟してた事なんだ。

きっと、そうなんだ。




ごめんな?



もう2人で♀垂ヲるはずだった夢は、
もうお前に託すしかないんだ。



俺は、もう ───── 、










『.........っ、』



視界が歪む。

頬に熱いものが伝う。

俺を取り巻く世界が、
俺を囲むメンバー達の表情が、

まるでビー玉を通して見たみたいに
ぼんやりと歪む。


今まで苦しみしかなくて、
それ以外に実感の湧かなかった現実。

死≠ニいう目の前の大きな壁が、
今初めて目に見えた気がした。








見え始めた現実が不安≠ニなって
瞳に溢れてくる。























そっか、そうか。




俺は、死ぬ≠だ。








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