ヘウン


□残像 8
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意識がボーッとする。

視界がぼやける。

音が遠のく。



( ....ああ、衰弱するって、こういう事だったんだ... )


入院してからというもの、
前みたいに痛みが襲ってきても我慢せ ず、
ナースコールをすればすぐに鎮痛剤を打ってくれるから、痛くはないけど。



ふと、頭にかぶるニット帽に触れた。


前回の誕生日、ドンヘがくれたやつ。




抗がん剤のせいで、
俺の髪の毛はすっかり抜けた。


いよいよがんらしい症状は出てきたけど、
覚悟はとっくに出来てたことだし、

特に驚きもしなければ、
怖い≠ニも感じなかった。



( ...俺は、あと何日生きれるんだろ... )



ジュンスの話だと、
いつ死んでもおかしくないような状態らしい。

今この時に、
容態が急変するかも分からない。


一瞬でも、気を緩めちゃいけないんだ。












───........パタパタパタ、




遠くなった耳でも確認できる、大人数の足音。


その足音が近付いてきただけで、俺に会いに来た人達だって分かってしまう。


ずっと、会いたかった人達.....。






( ...はは、病院内は走っちゃダメでしょ。)









─────コンコン


ガラッ





「っ、ヒョクチェ!」
「ウニョク!!」
「......ヒョクチェヒョン、」
「ヒョクチェ?」
「...っ、ヒョン!!」





大声も出しちゃまずいでしょ。







『....みんな、元気?』








随分弱々しくはなったけど、決して作ったものじゃない。


俺は、いつも皆に向けているものと変わらない屈託の無い笑顔で、
病室に駆け込んできた大好きな SUPERJUNIOR のメンバー達に言った。







元気なもんか。

そんな事わかってる。


みんな疲労困憊でゾンビみたいな顔してる。

ツアーが忙しかったのもあるし、まあ、ピリピリしてたからね。


ま、一番みんなを疲れさせたのは間違えなく俺だよな。





「...元気、な、はず、ないだろ...、」

『.....。』



うん、そう思う。

トゥギヒョンが言った言葉に思わず納得する。





「...たく、迷惑かけて....」

『...ごめんなさい、』




目を伏せて、ジョンウニヒョンが言った。




「ヒョン、...やつれすぎ、」

『ごめんなキボマ、』




久しぶりに会ったキボムの目にも涙が浮かんでいる。




「...どれだけ心配したと思ってる!」




これまたもっと久しぶりに会ったハンギョニヒョンの顔色も、いいものではなかった。










何かを言おうにも、言う言葉が何も出てこない。


そんな複雑な表情を浮かべて、皆は顔を暗くしていた。



静寂を撃ち抜いたような、底知れぬ沈黙。


皆、俺になんて言葉をかけていいのかわからなくて狼狽してるのが手に取るようにわかる。


当の俺はというと、言いたいことが多過ぎて、何からいえばいいのか分からずに混乱していた。





部屋の隅に、下を向いて俺を全く見ようとしない、見慣れた愛しい姿があった。


ドンへはうつむいたまま、俺を見てくれようとはしなかった。






































『....キュヒョナ、』

「.........えっ?」



名前を呼ばれ、俯いていた顔を弾かれたように上げる弟。


まさかここで最初に名前が出るのが、自分だとは思わなかったのだろう。



自らの耳を疑うように辺りをキョロキョロ見渡して、それから不安そうな目で俺を見る。


いつもはあんなに不敵な笑みを浮かべて、年下とは思えないキュヒョナでも、こんな時には緊張するんだ。


それがどこかおかしくて、少しだけ笑う。




そのために表情が穏やかになったのか、そんな俺を見てキュヒョナのこわばっていた眉間のしわが緩む。


笑顔の似合う、格好いい奴だった───






『...キュヒョナ、俺な、...お前に、謝らなくちゃいけないんだ。』

「...え?...何をですか?」

『...お前が、俺たちの仲間入りしたときのこと。』

「....それって、...あの、」




キュヒョナの顔に納得の色が浮かぶ。

でも、おかしな話だよな。


キュヒョナにとって、あの日々は苦い思い出だったはずなのに。

俺たちの理不尽な八つ当たりを一心に受けて、辛い毎日が続いてた頃のことなのに。


コイツ、思い出しても少しも嫌そうな顔をしないんだ。





「...そんな昔のこと、...今言わないで下さいよ...。」

『...うん。でもいつか謝ろうってずっと思ってて。』

「必要ないです。
...ヒョン達は、あの時の俺の苦労以上に、
この長い年月で、沢山の愛情を注いでもらいましたから...。」






キュヒョナは、優しい。


デビューするまで、俺は一体どれだけ時間がかかったのか、思い出しただけでも気が遠くなる。


だからこそ、ほんの僅かな時間でデビューまでこぎつけて、
さらにもう既に売り出しているグループの新規メンバーになれるなんておいしい話、

聞いたときはずるいと思った。


だから、キュヒョナにキツく当たった時期もあった。





謝罪とは、過ちを犯したことに気づいたらすぐに謝る、
ただそれだけのことだ。


しかしまちがった自尊心を抱いている人や、自信のない人は謝罪することが難しい。


和解するためにどんな試みをしようと、
過去の行為を詫びていないのならすべては無駄になる。


謝罪するべき時に謝罪しないと後悔地獄に落ちることにもなる。




俺にとってのその時は、きっと今だったんだ。


どうせこれから地獄に落ちる身だ、身辺整理くらいはしておかないと。



そのうちの一つが、これ。


キュヒョナに謝ること。





綺麗な顔が少しだけ歪んだ。

そんな歪んだ顔ですら、
キュヒョナのものだと思うと愛しく思えた。








『キュヒョナに、謝りたいと思ってた。』


「...だからやめて下さいよ、こんな時に。」


『....ん。俺もそう思う。だから言い換えるね。』


「え?」














キュヒョナがまた目を丸くした。





第一印象は、今でもはっきり覚えてる。

よく通る、綺麗な声をした奴だと思った。


一緒に SUPERJUNIOR やってて、その声に恥じないくらい、真っ直ぐで、
正直な奴だってことに気が付いた。



ソロデビューもして、それも売れて、皆から愛されて、俺もコイツが大好きで。

音楽番組でもバラエティー番組でも、
多方面に渡って人々に親しまれて。



俺には勿体無いくらい、
誇らしい、立派な弟≠セった。








『....キュヒョナ、ありがとうな。』


「.....、」














俺に残された時間はあと少し。


今この瞬間に容態が急変してもおかしくない。



それくらい、今の俺にとって生と死とが紙一重なんだ。







言いたいことは全て言わないといけない。





俺にとって、一番伝えなくちゃいけない人に、一番伝えたい気持ちを。




















『.......ねぇ、ドンへ。』











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