ヘウン
□残像 5
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《ヒョクチェ側》
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著しい体力の低下を全く感じない、と言ってしまえば嘘になる。
そしてそれは決して病気によるものではない、といえばさらに嘘を塗り重ねることになる。
だいぶ前に始まったスパショももう明日で最終公演を迎える。
このところ、公演の最後の方はもう体が針金で縛り付けられてるみたいに動かなくなってきた。
そのためにドンヘやみんなから誘われた現地での観光やショッピングはほとんど断ってしまっている。
明日が終われば、もう大丈夫。
俺の仕事は、もう終わるから。
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「...ヒョクチェ、今日の最終公演、アンコールの時のヒョクチェのソロダンス、なくしてもらったから。」
ソンミナヒョンからいきなりかけられた声に思わず顔色が曇ったのが自分でも分かった。
わかってる。
アンコールの時のソロダンス、以前より確実にキレは落ちてる。
優しいドンヒヒョンは俺の体調の悪さを心配してくれて何も言わずに俺の役を引き受けてくれたらしい。
本当に、いい仲間を持ったものだ。
俺の明らかな変化に、みんな気づいている。
心配して何度も声をかけてくれた。
でも俺が、「大丈夫だよ。」っていう度に、みんな心配そうな顔のまま「そうか。無理だけはしないで。」とだけ言って去ってゆく。
それ以上の余計な検索は何もしない事に、俺はかなり助かっている。
ごめんね、みんな。
ごめん。
「...ありがとヒョン。
今日がスパショ最後だし、精一杯頑張ろうね!」
「...うん、ヒョクチェ。
...あと、少しだよ。」
ソンミナヒョンが泣きそうな顔をして笑いながら、僕の手を強く握った。
もう何度も見慣れたはずのその顔を見る度に、俺は未だに罪悪感を覚える。
もう半年以上もの間、ソンミナヒョンとトゥギヒョンは俺の自分勝手な決意を見守り続けてくれている。
俺がライブのダンスの時に失敗しても、トーク中に倒れそうになっても、二人は前と変わらずに、何バカやってんだよ、って笑顔で助けてくれる。
でも、宿舎や楽屋でまでそれを続けるのはやっぱり無理みたいで。
さっきのソンミナヒョンみたいな事はトゥギヒョンの他に、マネヒョンや社長も会う度に同じく泣きそうな顔になる。
ごめん
ごめんね
ごめんなさい
ああ、これで謝るのは何度目だろう。
思考がおかしくなって神経が麻痺するくらい、頭の中で謝って謝って謝り続けている。
俺の体調のことを、彼等は事情を知らないメンバーや他の人から聞かれる度、知らないフリをやり通してくれている。
俺はあと何回、こんな心優しい人達に嘘をつかせ続けるんだろう。
あとどれだけの時間、この人達を悪人にし続けるんだろう。
俺は死神だ。
自分自身に吐き気がするくらい残酷な死神。
ごめん
ごめんね
ごめんなさい
こんな俺を、一生許さないで。
*****
「ヒョクチェヒョン!
メール来てるよ、スマホ鳴ってるー!」
「んー!ありがとリョウギー!」
スパショ最終公演、当日。
メイクをしていたリョウクがトイレから帰ってきた俺に声をかける。
本番直前にメールなんて、一体誰だ。
そう思いながら開くと、スマホの小さな画面には古い友人の名が現れる。
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今日、コンサート行く。
頑張れよ、応援してるからな。
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「...それ、ジュンスから?」
「わっ!」
「...なに、驚きすぎ。」
後ろから不意に声がしたと思ったら、不機嫌そうな顔をしたドンへが俺のスマホの画面を覗き込んでいた。
「そりゃいきなり声かけられたら驚くだろ!
...そうだよ、ジュンスからだよ。
今日、来てくれるんだって。」
「...最終日の公演に?
倍率高いのによく当たったね。
ヒョクチェ、来て欲しいとか言ってチケット渡したりしたの?」
「...いや、JYJの活動で近くに来てるって聞いてたから、来て欲しいな、とは言ったけど...
チケットは、渡してない。」
「じゃあなんでたまたま今日が当たるんだよ。
あーそっか、芸能人だからどうせ裏ルートとか使ったんだろうな。
...まったく、エルフはちゃんとちた手続き踏んでるっていうのにずるいよね、そういうの。」
「...ドンへ、そういう言い方は...」
「だって事実だろ?
何人もの名義で応募して、やっと当てられるようなステージじゃんか。
それを、スパショの最終公演観たい。の一言で来ちゃうんだよ?
卑怯だと思わない!?」
「...ドンへ、そこまで。」
「......。」
見かねたカンイナヒョンが俺とドンへの間に入ってくる。
どうしてそこまでドンへがジュンスを毛嫌いするのか全く分からないが、取り敢えずドンへは俺の口からジュンスの話題が出る度にこんな態度をとる。
いくらドンへのことが好きだからって親友を悪く言われていい気分はしないわけで。
やめて。
俺の親友をそんな風に言わないで。
そう言うとドンへはさらに不機嫌な顔をして言ってくる。
...ほら、今だって。
「なにヒョン。俺、なにか間違ったこと言った?
...ヒョクチェもヒョンも、なんでそんな風にジュンスをかばうの?
ヒョクチェとソンミナヒョンのデビューを散々引き伸ばした張本人なよに、一人だけ勝手にデビューしちゃってさ。
そのくせ事務所辞めてユノヒョンやチャンミナに迷惑かけてさ...、
本当に、最低。俺、あいつ大嫌い。」
「ドンへ!」
「.....。」
カンイナヒョンが強く言う。
流石にドンへもむすっとした顔のまま押し黙ってしまった。
部屋になんとなく不穏な空気が流れる。
キュヒョナがそのやりとりを見て、
ドンへヒョン、嫉妬なんて見苦しいですよ、
ってフォローを入れてくれて、それが周りのメンバーにも広がっていく。
「本当にドンへはヒョクチェのことが好きだな。」
「大丈夫だぞ、今の段階ではジュンスよりお前の方がヒョクチェに近いぞー!」
冗談みたいにメンバーが笑って少しだけ場が和む、その間にもドンへの不機嫌な表情が崩れることはなかった。
何もない天井の一点を睨んでる、みたいな。
ねぇ、ドンへ。
その、"嫉妬"っていうのは、どう言う意味?
友達として?
メンバーとして?
それとも、もっと特別な意味を持つ何かとして?
自分は俺が夕方で仕事を終わらせた日に限って毎回違う女の子とホテルに行ってるクセしてさ、
なんの権限があって、俺の親友に嫉妬してるの?
何もないその真っ白な天井を通して、いったい何を睨んでるの?
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ありがとう、頑張るよ。
見つけたら手降るからね!
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「ヒョクチェー、もう本場だぞ、舞台裏急げー!」
「はーい!」
ジュンスに返信して舞台裏に走る。
きっと俺にとって、最後のステージ。
ちゃんとしないと。
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