ヘウン
□残像 4
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《イトゥク側》
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スパショの舞台リハーサル。
明日はもう初日だから、みんな練習にも打ち合わせにも気合が入っている。
それはもちろん俺も同じことで。
ヒョクチェの事は心配だけど、今は仕事に集中しないといけない時だ。
それに、今を一生懸命過ごすことが、このスパショを成功させることがヒョクチェへの一番のプレゼントだと思うから。
もう最後まで、泣かないって誓ったから。
*****
「...ねえ、トゥギヒョン」
「...わっ!」
ちょっと練習に熱中しすぎてたのかも。
背後からかけられたカンインの声に驚いて声を出してしまった。
「...びっくりしたー、...なに、ヨンウナ」
「...あのスタッフさん、始めてみたけど...、あんな人いたっけ?」
カンインが指さした方向を見て思わずギクリとする。
ぱっと見、だいたい50代くらい。
眼鏡をかけて、白髪混じりの中年男性。
普通のスタッフさんと同じような格好をしているが、その人は特に何をするわけでもなく立っているだけだ。
(...ヨンウナ、鋭い...)
「...カンイナヒョン、あの人はスタッフっていうより、会場の関係者らしいよ」
横からすっとソンミナが入ってきて言った。
...え?
あ、会場関係者?
...なるほど、その手があったか、ナイスソンミナ!
「...トゥギヒョン、言われてたのに覚えてないの?
たまたまその場にいてチラっと聞こえただけの僕でも覚えてるのに...」
「...えっ!?な、何言ってるんだよソンミナ!もも、勿論覚えてますとも!」
「...うわっ、嘘へたっ...」
「ううっ...ヨンウナまで酷い...っ」
「さーさー泣きまねしてる暇があったら練習に戻りますよ」
「「は〜い」」
ソンミナのフォローのお陰で、その人のことを怪しまれずには済んだけど。
前々からたまに来てはいたんだけど、メンバー達には知られないように見てもらってたから、確かにヨンウナが見るのは今日な初めてなはず。
...あの人は、ヒョクチェの主治医の先生。
ヒョクチェの無理を初めて納得してくれて、かれこれ数ヶ月の間、ちょくちょく見に来てくれる。
いつも眉間にしわを寄せた、気難しそうな人だが、きっといい人なのだろう。
あの人の目にたまに映る父親のような優しい光が、俺は素直に心地よかった。
*****
「...すいません、リーダーの方...、ですよね?」
「え?」
「...少し、お時間よろしいですか?」
打ち合わせが終わって、みんなで帰ろうとしていた時のこと。
ヒョクチェの主治医の先生から呼び止められた。
この人に呼び止められるって事は、ヒョクチェのことについてだ。
「...あ、はい、えーと...、
マネヒョン...っは、まだ仕事中か...、ソンミナー、ちょっと来てくれる?
みんなー!先に帰ってて!」
「「「「「「はーい」」」」」」
俺に呼ばれてやってきたソンミナの顔は、心なしか強ばっていた。
多分それは、俺も同じことで。
何を言われても泣かない覚悟は出来ている。
でも、俺の頭は必ずしも俺が思うように動いてくれるわけじゃない。
なんの根拠もなしに、ずっと一緒にいるもんだと思ってた。
側から居なくなるかも、なんて考えたこともなかった。
常に自分の傍らにいてくれる弟が、愛しくてしょうがなかった。
ハンギョンが国に帰ってしまったときはショックを受けたが、それはハンギョン自信が決めたことであって、
今でもちゃんと連絡を取り合っている。
でもヒョクチェは、死にたいなんて思ってない。
そんなことあいつは、少しも思ったことはないんだ。
普段は笑ってるけど、俺には何となく見える。
大きくて暗い夜の海に、たった一人で浮かんでる子供みたいに、
『死にたくない』『生きたい』
って叫ぶ、ヒョクチェの心が。
自分が乗ってる、今にも壊れてしまいそうなボロボロのヨットしか、掴まる宛もなくて。
もう助からないだろう、そう分かっていながらも、
...いや、分かっているからこそなおさら、『生きたい』と強く願うんだ。
だって、死んだらもう連絡すら取り合えなくなるんだから。
初めて会ったあの瞬間から、
一緒に活動してきた今の今まで、
彼がこのSUPERJUNIORというグループにもたらしてくれた、数え切れないほどの、
夢を、
愛を、
希望を、
感謝を、
俺がこの先の残された時間の中で返しきるのは、どう考えても不可能だ。
リーダーとして俺がやらなきゃならない事を、ヒョクチェは常に影でやり続けてくれた。
俺が笑っている横には、いつもヒョクチェがいた。
ソンミナが悩んでる横には、いつもヒョクチェがいた。
ヒチョラの機嫌が悪いときに隣にいたのも、
シウォナが疲れてるときに労わりの言葉をかけてたのも、
カンイナが怒ってる時に近くにいたのも、
キュヒョナがつまらないときにゲームに付き合ってあげてたのも、
シンドンと一緒に歌ってたのも、
キボムが舞台に来たのを歓迎してくれたのも、
ハンギョンに甘えてたのも、
リョウクの料理を美味しそうに食べてたのも、
ドンヘが夜女の子とホテルに泊まりに行って、声を噛み殺して泣いてたのも、
いっつも、ヒョクチェだった。
───いなくならないで、俺の大切な家族。
君が俺の目の前で冷たくなっていくのを、俺はどんな顔をして見届ければいいの?
君との最後の瞬間に、俺は君にどんな言葉をかければいいの?
『まだ死なないで』
何度願ったら、それは叶うの?
ねえ、ヒョクチェ。
このグループは、君が居なくなってもまわっていけるほど強くはないんだよ。
『メンバーである前に、兄弟だと思ってる』
ヒョクチェがシンドンにかけたあの言葉は、俺たちだって同じなんだ。
近い将来あいてしまうだろう君という穴を、俺たちはどうやって埋めればいいの?
君のいないバラエティーも、
君のいないPV
君のいないコンサートも、
何もかも、考えられない。
デビュー当時、若かったあの頃の俺たちにはまだ、10年後、君が隣にいる光景は見えてなかった。
でも次の日、君がいない光景なんて、想像すらできなかったんだ。
それは、今でも同じ。
ソンミナも、同じことを考えているんだろう。
泣かないって誓った筈なのに、もう既に泣きそうな顔で俺を見ている。
俺は強く、ソンミナの手を握った。
今から先生に何を言われても、俺達はまだ受け入れられない。
それでも、受け入れなきゃ行けない瞬間ってのは必ず来るから。
その時ヒョクチェに、笑って『今までありがとう』って言えるように、俺達は強くあり続けなきゃならない。
俺も、
ソンミナも、
マネヒョンも、
社長も、
秘密を知ることを許された人間にのみのしかかる、辛すぎるこの現実を。
人に話すことを許されない、ヒョクチェとの最後の約束を。
それから目を逸らすなんてことは、俺達には絶対にできないから。
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