ヘウン
□残像 1
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『あんたが好きになる人って、いっつもなんかワルい人よね』
いつだか姉から言われたそんな一言をふと思い出した。
...ここ、病院だってのに。
*****
「...イ・ヒョクチェさん。胆嚢癌です。」
つんとするような薬品の匂いが、嗅覚をおかしくさせる。
周りを見渡せば、白、白、白────
典型的な、病院の一室。
目の前には、これまた真っ白の白衣を着た50代くらいのおじさん。
...で、今この人なんて言ったっけ...?
たんのうがん?
聞いたことはないが、つまりはがんってわけだ。
そのとき俺は少なからず驚いた。
いや、決してがんだったことに驚いたわけではない。
むしろの俺の家ががん家計って事くらい昔から知ってたから、「あー、やっぱりがんで死ぬのか俺」くらいにしか思わなかった。
むしろそれこそが、俺が一番驚いたこと。
がんだって医者に告げられたのに、なにひとつショックを受けていない俺自身に、俺は驚いたのだった。
「手術すればなおりますか?」
「...成功率が高いとはいえません。
むしろ貴方はもう末期に近い。
だから手術は、貴方の寿命を少しでも伸ばすためのものになる、と考えてください。」
「...その手術受けたら、俺はそのあとどうなりますか?」
「少しでも余命を伸ばすために、手術後の入院でも病院で最善を尽くさせて頂きます。」
「...もし手術しなければ、俺はあとどのくらい生きれいられますか?」
「もって半年かと」
「...半年...。」
...半年、って事は次のスパショにはギリギリ出れるな。
でも7ヶ月後に予定していたカムバックは諦めるしかないか...。
「ではイ・ヒョクチェさん。
ここに手術の同意書がありますので、サインをお願いします。」
「先生、すいません。俺、手術受けません」
「...は?」
目の前で俺に難しいことがたくさん書いてある白い紙を差し出していたここの専門外来の先生は目を丸くする。
理由がまるでわからない、と言った表情で俺を凝視していた。
ごめんなさい。
俺に振り回されると思うけど、これから半年間だけ耐えてください。
理由なんてない。
単なる、俺のわがままなんです。
手術して、入院して、ベッドの上で点滴の管に沢山つながれて
そんな中で生きてくくらいなら、俺は死ぬ寸前までステージにたってたい。
ごめん、みんな。
ごめん、ドンへ。
俺の体の異常に最初に気付いたのは、ドンへだった。
『ヒョク、最近食欲ないね』
病院行ってみなよ、と言われて最初は遠慮した。
『ありがとドンへ。でも心配しなくても大丈夫だからさ。』
『...そんなこと言ってひどくなってからじゃ遅いよ?』
『...だいじょぶだって。』
『念のためでいいからさ! 忙しいと思うけど...、仕事の合間縫って行ってきなよ』
『...えー、行かなきゃダメ?...俺病院ってあんまり好きじゃな...』
『だめ!いつになってもいいから!絶対に行くんだよ?』
『...わかったよ。』
ドンへの心遣いが嬉しくて、俺はついそんな約束をしてしまった。
でもやっぱりスケジュールはつまり気味で、その会話が交わされてから俺が実際に病院に行ったのは3ヶ月後だった。
*****
先生に何度も謝って、理解してくれるように頼んだ。
先生は困った顔をしながらも、渋々頷いてくれた。
さらに先生にお礼をして、俺は病院を出た。
次の仕事はバラエティ番組の収録。
トゥギヒョンとソンミニヒョンと、三人だ。
...ああ、ちょうどいいや。
バスの中で二人は待っていた。
トゥギヒョンは今後のスケジュールをマネヒョンに確認していて、ソンミニヒョンはDSでゲームをしていた。
俺が乗り込んだ途端、3人は顔をあげた。
「ヒョクチェ!どうだった?」
「いきなり病院だなんて...、大丈夫なのか!?」
ヒョン達は心から俺を心配してくれる。
優しくて、
厳しくて、
強くて、
頼りがいがあって、
愛情に溢れてて、
俺の自慢のヒョン達だ。
俺は深呼吸をして、
できる限りの笑顔を作って、
静かに言った。
「...ヒョン...」
俺のやたらと落ち着いた声のトーンに驚いたらしく、ヒョン達は眉をひそめた。
「...突然だけど、俺、イ・ヒョクチェは...
あと半年でスーパージュニアを抜けることになりました。」
ヒョン達の表情が凍った。
その日の番組収録内容はよく覚えていない。
ただ後になって放送されたのを見たらしいドンへが、
『すごく良かったよ!』
って笑いながら言ってくれたから、
俺たちはきっと番組が終わるまでなんとか笑っていられたんだろう。
その収録の日の夜は、マネヒョンを含めた俺たち四人はホテルに泊まった。
四人が泊まれるタイプの大部屋を探して、会議が行われた。
そこで決まったことが、いくつか。
***
「...いいか、一旦整理するぞ。」
マネヒョンが口をひらく。
「...ヒョクチェはつまり、末期に近い胆嚢癌だ...と。
もう命は助かりそうにないから、手術は受けない...と。
それは医者にも承諾を得た...と。」
「はい。」
「...ヒョクチェは生きていられる限りはスーパージュニアとして活動したい...と。
さらにここにいるメンバー以外にはこの事実を伏せて欲しい...と。」
「はい。」
俺は無表情のまま頷く。
トゥギヒョンとソンミニヒョンは俺が病院から貰ってきた診断結果を見て、既にボロボロに泣いている。
マネヒョンが溜め息をついた。
「...しかしなぁ、ヒョクチェ...。
医者が許したとしても、俺はそう簡単には頷けない。」
「...そ、だよ...ヒョク...、なんで...」
「ヒョン、落ち着いてよ。
だって手術受けたって、俺は結局は死ぬんだよ?
ただベッドの上で死期を待つよりは、死ぬ寸前までステージに立ってたいんだよ俺。」
「...ヒョクチェ!...エルフは、何も...
舞台に、た...つ、お前、だけ...が...好きなわけじゃ、ない...んだ...よ、」
「...ジョンスの言う通りだぞヒョクチェ...、
お前が例え舞台に立てなくても、生きてるだけで、...それだけでいいんだよ...。
...エルフや俺たちにとっちゃ、それだけで十分に幸せなんだよ...。」
「...びょ、き...でも、ベッドの...上で、寝た、きり...でも、ヒョクは...僕ら、スジュの...一員、だ、から...さ」
「...ジョンスもソンミナもここまで言ってるのに、
お前の意見は変わらないのか...?」
俺は下唇を噛み締めて言った。
「...ごめんなさい...」
意見は、もうどうやったって変えられないんです。
俺が頑固なのは昔から知ってるでしょ?
皆が俺を大切に思ってくれてるのはよく分かってる。
俺がベッドから立ち上がれなくなったって、それはきっと変わらないだろうって事も。
「...みんなには迷惑かけます...、でも...」
俺が、嫌なんです。
そんなのは自己満足ってことくらい分かってる。
でも、どうしようもないんだ。
俺は舞台の上にしか、自分の存在価値を見出せないから。
舞台に立てないなんて、死んだも同然なんだから。
いっそ死ぬなら、ステージに立ったまま死にたい。
「...でも、もう決定は変えられません...。」
結局、その日に決まったことは、
・ここにいるメンバーと社長にしか俺の病気のことは話さない
・これからは主治医の先生にスタッフとしてちょくちょくスタジオやコンサート会場に来てもらって、先生が無理だと判断すれば俺は即病院おくり
・調子が悪いと思ったら即、病気の事を知っているメンバーに伝える
「...守れるな、ヒョクチェ?」
「...はい、感謝します...」
さっきまで苦い顔をしていたはずのマネヒョンの目にも涙が溜まっていることに気付いたのは、その会話をかわした瞬間だった。
その夜は3人は、涙が枯れるまで泣き続けた。
結局、俺は泣けなかった。
最後にトゥギヒョンに、質問された。
「...ドンへには...?
...気持ちも伝えずに、いくつもりか...?」
自分自身、その質問に対して一瞬動揺したのがよくわかった。
俺がデビューしてから今まで、
心の奥底にぎゅーって押しつぶしてきたドンへへの想い。
同性同士、同じグループ同士の、許されるはずのない恋心。
「...もともと墓場まで持ってくって誓ってましたから。」
俺がそう言って笑うと、ソンミニヒョンはさらに泣き出してしまった。
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