ヘウン
□愛、ペーチカ、モノローグ
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───ふぅ...。
冬の冷えきった大気に君が吐いた息は白い結晶となって無機質な空へと登っていく。
目に見えないほど、小さな結晶となって。
”寂しい”とか”悲しい”とかいう感情をいっさい読み取らせてくれない君の横顔は、少し赤く色づいた頬から、今この瞬間の気温の低さだけを静かに伝える。
首に巻かれている真っ青なマフラーから出ている真っ赤な耳が、なんとも可愛らしくて、愛おしくて。
...つい、手を伸ばしてしまったんだ。
「───冷たっ...」
手袋をはずした手で触れた君の耳は予想以上につめたくて。
それでも愛おしくて、触り続けているうちに君は呆れたみたいに俺に声をかけた。
「...当たり前じゃん、ずっと外にいたんだもん。...ドンへ、お前馬鹿じゃないの?」
「...馬鹿じゃない。」
「ああごめん、アホだった。」
「...アホでもないもん。」
「...じゃあなんなんだよ。」
「ヒョクチェの事が好きなだけです。」
俺が言うと、何それ。って太陽みたいな笑顔で笑うんだ。
こんな冬の曇った無表情の空の下でそんな素敵な笑顔見せられたら、俺はたまったもんじゃない。
真冬のはずなのに、ヒョクチェがいるところだけ春みたいに暖かくなる。
「...でもありがとう。
お前の手、あったかいよ。」
「...む、それは心が冷たいっていう...」
俺が口を尖らせて言うと、ヒョクチェはまた春の陽向みたいな笑顔を見せていった。
「...よくそう言うけどな。
お前の手があったかいなら、きっとそれ迷信だよ。」
お前が誰よりもあったかい心をもってるってこと、俺が一番よく知ってるから。
そう言うとヒョクチェはまた無表情になって、無機質な空を見上げ始めた。
「...ヒョク、さっきから何見てるの?」
「...んー...?」
「ずっと空眺めてるじゃん。
サンタクロースでも待ってるの?」
「違うよばーか。」
「...じゃあなにさ!」
「...んー...、なんだろうな。」
「なにそれ。」
「しいて言うなら、空に話しかけてる。」
「は?」
「...もうそろそろの筈なんだけどな。」
「...ん?」
ヒョクチェの言ってることはよくわからなかったけど、なんとなく俺も空を見上げることにした。
──冬の空って、不思議だな。
春は色々なことが始まったり終わったりする季節だから、じっくり空を見る時間なんてとてもじゃないけど取れない。
夏の空は太陽まぶしすぎて、見上げることを躊躇してしまう。
秋はどちらかというと紅葉がメインで空は背景ってイメージが強いから、それほど目に入らない。
(...なら、冬は...?)
こんな曇った冬の日に空なんて見上げても、目のやり場に困る。
だって、本当に何もないんだもん。
いつもは若々しい緑で、秋になると赤く色づく木の葉もこぼれ落ちて、裸になった古い大樹と、どこまでも灰色な空。
...なはずなのに、何故か見入ってしまう。
(...いったいこんな空に何を期待してるっていうんだよ...)
──ヒョク、何をそんなに待ってるの?
────そう思った、その瞬間。
「...あ。」
ずっと無表情だったヒョクチェの顔が綻んだ。
それと同時に俺の手袋を外したままの手に、冷たい白い花が触れた。
俺は空を見上げた。
───すると今度は顔に。
次から次へと、小さな...
『...雪...』
ぼそり、と呟いた。
(...ああ、そういうこと。)
ヒョクチェはずっと、これを待ってたんだ。
「...この冬の初雪だね。」
「...ん。」
「...これが見たかったから、わざわざこんな寒い中外に出たんだ...」
「...ん。」
ヒョクチェは満足そうに微笑んで、今度は自分の手の手袋をとって、すっかり冷えきった俺の手と重ねた。
その瞬間、君ははにかんだみたいに微笑んだ。
「...お前の手こそ冷たいじゃん」
「そりゃそうだよ。こんな寒いなか手袋外してたんだもん。」
「なんで来たんだよ、車の中では宿舎帰ったらソンミナヒョンと鍋パーティーするとか言ってたくせに。」
「...ヒョクも一緒だと思ったから」
「もう戻るよ、明日も仕事あるんだし。」
そう言って俺の手を強く握り締めて、ヒョクチェはゆっくりと歩きだそうとした。
今のヒョクチェの髪の色は、黒。
その黒炭より黒い艶やかな髪に、真っ白な雪が次から次へと舞い落ちる。
「...ヒョクチェ」
「ん?」
俺の声に振り返ったヒョクチェの黒い大きな瞳が俺を捕らえた。
その漆黒の瞳の中に純白の雪が反射する。
まるで瞳の中にダイヤモンドダストが舞っているかの様に。
その姿があまりにも綺麗で、俺は思わずヒョクチェと繋いだ腕をヒョクチェごと自分の方へ引き寄せて、すっぽりと自分の腕の中に収めた。
舞い落ちた雪ごとヒョクチェの髪を自分の鼻に擦り付ける。
俺からいきなりハグする事はよくあることだから、ヒョクチェは何も言わずに俺の胸に肩を預けてくれた。
(...ああ、幸せ...。)
そう思ってさらに強くヒョクチェを抱き締めたら、苦しい。って苦情を言われた。
そう言いながらもヒョクチェはちゃんと俺の背中に腕を回して、俺を抱きしめてくれた。
自分でも頬が緩むのがわかる。
キスしたかったけどせっかく抱き締めてるのを離してしまうのが何となくもったいなく思えて、真っ赤になったままの耳に噛み付いてみた。
「─────っ!!」
流石にヒョクチェも驚いたらしくて、肩をビクッと震わせて、調子にのんな変態!って言って俺の腹部を思い切り蹴りあげて密着していた体を離した。
...ヒョク、俺とお前はほとんど身長が変わらないからそんな風に蹴りあげるともろにみぞおち直撃なんだけど...
ヒョクチェは慌てて謝りながら俺に近寄ってきた。
...ここでしゃがんで俺の顔をのぞき込むはず
...ほらきた。
「スキあり!」
───────ちゅっ
冷えきったヒョクの唇に触れるだけの優しいキスを落とす。
当のヒョクチェは驚いた顔をしたまま数秒間静止。
「...お、おおお、お前はいきなり何すんじゃ馬鹿ああああ!!!!」
「...まぁヒョク、落ち着い...」
「うわああああ!嫌い!ドンへなんか嫌いだあああ!」
そのまま怒って宿舎の中へと入っていってしまった。
─────真っ赤だった耳を、更に真っ赤にさせながら。
俺は微笑みながら、急いでヒョクチェの後を追ってみんなが待ってる宿舎の中へと入っていった。
*****
この国では
『初雪の日にデートした2人は両想いになれる』
って言われている。
そんな伝説があったって無くったって俺達は両想いなんだけどね。
*****
宿舎の中で繰り広げられていたのは鍋パーティーと言うよりはむしろ鍋の中の肉争奪戦みたいなもので。
久しぶりにキボムと、中国から休暇もらって来たらしいハンギョンヒョンの姿も見られた。
結局俺はあんまり肉は食べれなかったけど、ヒョクは終始笑顔でいたから、まあそれでいいや。
「...嬉しそうですね、ヒョン。」
まだ続く肉争奪戦から少し離れた場所で休んでいた俺に、不意にキュヒョナが話しかけてきた。
「...うん、ヒョクチェ凄く嬉しそう。」
俺が適当に答えると、キュヒョナは軽く笑ってから言った。
「違いますよ、嬉しそうなのはドンへヒョンですよ。」
...そう?
...そうかもね。
音にならない声で答えると同時に軽く微笑んだ。
それを見てキュヒョナも安心したようにふっと笑って言った。
「...なんか、ペーチカみたいですよね、あそこ一帯。」
「ペーチカ?なにそれ?」
「...知らないんですかヒョン?ロシア風の暖炉ですよ。」
「...そうなの?あれが暖炉?肉争奪戦が?」
俺がまた適当に答えると、キュヒョナはさっきと変わらないマンネらしからぬ笑顔で答えた。
「...だってほら、あったかいじゃないですか。」
────”あったかい”?
...そう?
...そうかもね。
今回はちゃんと声になってた?
そう思ってキュヒョナを見ると、愛しそうにソンミナヒョンを見つめていた。
(...これは俺が声出してても出してなくても聞こえてないな...)
そう思いながら俺も再び肉争奪戦へと視線を戻す。
...あったかい、か。
...そう?
...そうかもね。
「ドンへー!キュヒョナー!何やってんだよ、肉追加されたぞー!」
カンイナヒョンの豪快な声に呼ばれて、俺たち二人は顔を見合わせて笑いながら再び鍋パーティーへと合流した。
ふとヒョクチェを見ると、陽だまりみたいな笑顔がさらに輝いて見えた。
────”だってほら、あったかいじゃないですか。”
さっきのキュヒョナの言葉を思い出して、思わず苦笑してしまった。
...そうかな?
...そうだね。
メンバーがいて、
仲間がいて、
友人たちがいて、
...恋人がいて。
「...確かに、あったかいや。」
ロシア風の暖炉なんかより、きっとずっと。
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