ヘウン


□いや、ばかは撤回しないので。
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※学パロ、ひょく&シンドン女体化





*****




「これ見て!」


そううきうきした表情で言う女子生徒へ、皆が顔を向ける。なんでもない昼休み、それは各々弁当を食べている教室での出来事だった。柔らかい茶髪をくるりと巻いて、愛らしい笑顔で言う彼女は、とても可愛いとヒョクチェは純粋に感じた。


「彼氏に買ってもらったんだ!」


彼女が掲げてみせたそのバッグはそういったものに疎いヒョクチェですら知っている一流ブランドのもので。
すごい!とわまりの女子達がその女子生徒の周りを囲む。


「新作の、しかも限定品だ!」
「すぐ売り切れてすごく入手困難なやつだよね!」
「よく手に入ったね」

「えっ!そうなの?私、ブランドのものってことしか知らなくて...」


そう言って大袈裟に驚いてみせる彼女の声はやたら演技がかっていて。ああこれ、知ってて自慢したな。とヒョクチェは思った。


「あれは知ってて自慢したね」


ふふ、とヒョクチェの目の前で笑ったシンドンはヒョクチェの一番の親友の少女だ。ふくよかな体型からは想像出来ないほど運動神経がよく、しかし特定の部活に入っている訳では無いので普段は放課後をバイトに費やしている。しかし一声かかれば様々な部活に助っ人として参加し、たいへん素晴らしい成績を収めて去ってゆく。この朗々とした人側も相まって、クラスの人気者だ。

そんなシンドンの言葉に頷きつつ、ヒョクチェは今朝自分で作ったお弁当をつつく。ああどうか、こっちに謎の飛び火がありませんように、と願いながら。
しかし。


「ねえ、ヒョクチェちゃんも見てよ」
『....、』


いつの間に移動していたのだ、とヒョクチェは顔に出さずに引いた。いつもこうだ。何故だかヒョクチェのことを目の敵にしている彼女は、丁寧に褒めてくれるクラスメイトは他にもいるにも関わらず、わざわざヒョクチェのところまで来て自慢してくるのだ。


『...えーと、可愛いと思う』
「えー!全然!私がお金出したわけじゃないし、きっと安物だよ!」


ね、シンドンちゃん?とヒョクチェの目の前に座るシンドンにも笑いかける彼女だが、シンドンは素知らぬ顔だ。


「あたし、食べられないものに興味ないから」


そう言い切るシンドンを純粋に好ましいと思うし、誰に対してもこういう態度を崩さないサバサバしたシンドンがヒョクチェは好きだった。
しかし、ぎらりと輝くブランドもののバッグを持った彼女はそれを蔑んだ様な目で見て鼻で笑う。


「よくそんな食い意地ばっかり張ってられるよね、そんな女捨てたような真似、あたしには出来ないから逆に羨ましいわ〜」


おいあんた、その物言いがあるからそんなに可愛いのに友達いないんだよ、とは流石のヒョクチェも言えない。先程彼女のバッグに反応した女子達は自分に声をかけてきたのだから答えなければ、という義務感で答えたの半分、単純にブランドもの好きであるために反応した半分に過ぎない。誰も彼女が好きで反応した訳では無いのだ。その証拠に、彼女がヒョクチェのそばに来た途端にご愁傷さま≠ニでも言いたそうな顔でヒョクチェたちのことを見ている。ヒョクチェからしてみれば席が近いがためにいつでも彼女の自慢話の標的にされているあの子達の方がよっぽど可哀想だと思うが。


「ねえ、ヒョクチェちゃんとそう思うよねぇ?」


目を三日月形にしてヒョクチェの方を向いてきた彼女に、ヒョクチェは顔を引き攣らせる。まるでそうは思わないが、この場合どう答えれば正解なのか。彼女にもシンドンにもあまり角が立たないような答えが浮かばず、答えあぐねる。まあシンドンはここで彼女に賛同するような事をヒョクチェが言っても嘘だとわかり気にしないだろうし、逆に彼女の機嫌を損ねないようにしようとする義理もないのだが。

そのとき。





「あ、ドンヘ先輩、学校来た」


とある女子が放った言葉に、クラス中の女子が反応ひ窓際に集まる。窓の外には、不機嫌そうな顔をしていて正門をくぐる、この高校の圧倒的一番人気のドンヘの姿が。
窓を開けると隣のクラスの窓も開いており、各教室の窓から黄色い歓声が飛び交っている。
しかし、それを聞いて眉間にシワを寄せる人物がひとり。誰であろう、イヒョクチェその人である。


「...ヒョク、眉間のシワ」
『ドンヒしか見てないし、勘弁してよ』
「まあ、いいけど、」


今日はどういう事なの?とシンドンは面白そうにヒョクチェに尋ねる。
その抽象的な質問の意味を理解しつつ、しかし答えるつもりはない、と言ったようにヒョクチェは頬杖をついた。


「なに、ドンヘ先輩の話?」


そこに急に割り込んできたのは、さきほど光の速さで窓辺まで言ったはずの、ブランドバッグを手にした彼女だった。


「やっぱりヒョクチェちゃんとシンドンちゃん達みたいな子も、ドンヘ先輩のことは気になるんだ!」

『...みたいな、て』
「いや、気になるって言うか、ドンヘはヒョクの、」
『ドンヒ』


ヒョクチェが咎めるように言った言葉にシンドンは方を竦める。はいはい、すみません、黙ってますよ。とでも言うように。
それに多少気にはなったものの、少女はブランド物のバッグを撫でながらうっとりとした表情で言う。


「まあ格好いいもんね、あなた達みたいな子でも所詮はイケメンには弱いのよね。」
『...いやだから、みたいな、て』
「でもドンヘ先輩みたいな人の彼女にふさわしいのって、やっぱりふんわり可愛い女の子らしい女の子だと思わない?」
『.....はあ、』


もはやヒョクチェは苦笑いしかできない。シンドンに至っては完全に我関せずの顔で目の前の弁当に向き合っている。


「ブランド物のバッグ持って、高い服着て、デパートコスメの口紅を引いて、そんな子があの人の隣を歩くべきだと思わない?」
「それって、自分こそが相応しいって言ってる?」


無関心だったシンドンが突然口を開く。それを聞いて少女は目をぱちくりさせて、その言葉の意味を理解した後、みるみるうちに顔を赤くした。


「なっ!わ、私は別にそんなことは、」
「言ってるよね?」
「何を聞いてたらそうなる訳っ!?」
「いや全部?」
『ドンヒ...』


まあまあ、とシンドンを宥めるヒョクチェ。
もちろん彼女ものそのつもりなのだろうが、流石にそんな事を正面から言われて「はいそうです」なんて言えるほど面の皮は厚くないらしい。いや、もう十分厚いと思うけど。




なんて考えているとき。
吉兆も、なんの前触れもなく、突如。
ヒョクチェが急に顔を顰める。みるみるうちに不機嫌になってゆくヒョクチェの顔に、逆に言い合っていた2人が驚く。


『....嫌な予感がする』
「は?」
『ドンヒごめん、あたしちょっと、...、』


弁当も食べかけのまま席を立ち、慌てて教室を出ようとするヒョクチェ。しかし、


「.....どこ逃げる気」


その手はあっさり、ある人物に捕まってしまう。
心地よい低音の声。スラリとした良いスタイルに、これでもかと言うほど端正な顔。


「ドンヘ先輩.....!」


ブランドバッグの存在も忘れるほど驚いた少女の声により、辺りは騒然とする。
学校のスターがわざわざ違う学年のフロアにいるのだ。興奮するなという方が難しい話だ。隣の教室からも聞こえてくる黄色い声に、ヒョクチェはうんざりとする。


「え、え!あ、あのっ!ドンヘ先輩、私ッ!」
「ちょっと静かにしててくれる」


驚いて口をぽかんと開けたのは束の間、自慢の茶髪を耳にかけ気合を入れ直し、ドンヘに声をかけた彼女だが、ドンヘはそんなものには見向きもせずに、ヒョクチェだけを見つめ続けている。
その様子に唖然としながらも、少女は自慢のブランド物のバッグをぎゅっと握りしめ引き下がるしかなかった。いやお前、彼氏いるんだろ?ブランド物のバッグ買ってくれる。他の男に色目使っていいの?とヒョクチェは内心呆れる。ただこれは、現実逃避だ。


「ヒョクチェ」
『....離してくれる』
「ヒョクチェ、話しよ」
『あんたと話すことなんてない』


2人の様子がおかしい事に、シンドンを除くそのフロア全員が気付いている。
その事実にうんざりしつつ、ヒョクチェはその場を逃れようと手を引くが、その手はしっかりとドンヘのたくましい手に掴まれており、逃げることなどできない。


「..... 怒ってる?」
『別に?』
「.....怒ってるじゃん」
『怒ってないって言ってんじゃん』
「........」
『第一あたしたが、一体何に怒るって言うの』
「.....それを、聞きたくて、」
『だから別に怒ってないよ』
「......じゃあ、なに」
『あたし社長出勤の偉そうな奴なんかと話したくない』


ドンヘの目を見ずに言い放ったヒョクチェの言葉に、ドンヘは眉を寄せる。そのままもう片方の腕をヒョクチェの頬へ移動させ、するりとその絹のような頬を撫ぜる。


「....ヒョクチェが、起こしてくれないから」


それはもう、愛しくてたまらない、と言ったような表情で、甘い甘い声で。ドンヘはそのままヒョクの短めの髪の毛をすくい上げ、優しく髪を梳いた。


『あたしはお前の目覚まし時計か』


吐き捨てるように言ったその言葉に、ドンヘは甘い表情を少し緩めて、目を細めた。


「...そんな訳ないでしょ」


それでもその声は、蜂蜜を溶かしたように甘い。ドンヘのことを孤高の気まぐれな王子様だと思っている事情を知らないオーディエンスからしてみれば、信じられない光景だ。


『だったらなんなの。てか、いい加減一人で起きられるようになりなよ』
「...ヒョクチェが起こしてくれたら問題ないし」
『...馬鹿じゃない。あんたこの先どうすんの。ずっとあたしが一緒にいる訳でもないのに』

「............... は?」

『....!』


教室の温度が5℃ほど下がったのをシンドンは感じ、あーあ、と独りごちる。
ドンヘの声と表情から甘さが一切削ぎ落とされ、まるで尖った氷のような声が出た。
その声にヒョクチェは我に返る。このタイミング出会いたくなかったドンヘに会ってしまって、ムシャクシャしていた。だからこそ、言う必要のない言葉が出てしまった。
間違えた。親友のシンドンにも話さなかったのに。ましてや当の本人であるドンヘには悟らせることすらしたくなかったのに。

ヒョクチェは慌ててドンヘの手を振り払い、ダッシュで教室から逃げ出した。
一瞬呆気に取られて動きが止まったドンヘは直ぐに追いかけようとしたが、しかしそれは、肩に置かれた手によって阻まれる。


「ちょっと待った」
「...........離せ」


その手の方向に振り向いたドンヘの頬にふに、と、肩に置いたシンドンの手の人差し指が刺さる。
あーあ、もう人殺せそうな顔してるよ、と今のドンヘを冷静に分析しているシンドンは、ドンヘの肩に手を置きながら、随分と図太いことを考えていた。


「絶対に今行かない方がいい。よけい怒られるよ」
「.........離せ」
「...ああごめんよ、言い方変えよう。....今追いかけたら、嫌われるよ」
「........。」


チッ、と舌打ちをして、ドンヘはヒョクチェの走り去って行った方向を名残惜しそうに見た。周りで一連のやり取りを息を潜めて見守っている観衆は、もはや校舎の端のクラスまで広まっていて、大きく膨れ上がっている。
ドンヘはそんな事など露とも気にせず、そのままシンドンに向き直ると、自分より幾分か背の低い下級生のシンドンに対して、言う。


「....なんでヒョクチェは怒ってるわけ」
「あんたが知らない事をあたしが知ってるとでも?」
「....何か聞いてない?」
「さっきチラッと聞いたけど、ありゃ答える気無いね」
「.......」
「...ま、心当たりが無いわけじゃないけど」
「!?」


俯いていたドンヘがぱっと顔を上げ、縋るようにシンドンを見る。
シンドンは元から淡白でサバサバした性格をしており、ほかの女子かはきゃーきゃーと騒がれているドンヘにも正直興味は無いのだが、ただ面倒見のいい姐御肌な一面がある。


「....なに、言って」
「...お前ね、人にものを頼む態度って分かる?」
「....チッ、...お願いします」


舌打ちが聞こえたぞテメェ。シンドンはきっちりと心の中で悪態をついてから、ため息をひとつ漏らした。
別にこれはドンヘの為ではない。ヒョクチェの為だ。シンドンとヒョクチェは、別に一緒にトイレに行ったり一緒に自撮りをしたりするような、そんなベタベタした友人関係ではない。普通に世間話をしたり、昼を一緒にとったり、ごくたまに予定が合えば休日外にご飯を食べに行く位はする、ごく一般的な友人関係だ。しかしそれでも、紛れもなく、シンドンとヒョクチェは親友だった。好きな男子に告白する時に一緒について行ったりする気は無いし、夜に長電話する気もないし、意味の無い内容のチャットを永遠続ける気もない。まあ、ただ友人の恋愛をほんの少し手つだうくらいは、してやってもいいだろうとは思う。


「....あんた、昨日さ、ーーー」










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