ヘウン


□蜂蜜ミッドナイト
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*****





食事を終えて、二人で後片付けをして。 
コーヒードリッパーにフィルターをセットしたヒョクチェは顔を上げる。


「俺コーヒー飲むけど」 


ドンへ、どうする?と、ドンへを振り返って声をかけると、ドンヘはその声に応えるように顔を上げて微笑む。


「――ココア飲みたいな」 


それは甘えるように。 恋人との睦言のように。いや実際に2人は恋人同士なのだが、ドンヘは殊にヒョクチェに執心だった。
さもそれを当然かのように、はいはい、とヒョクチェは片手鍋を取り出し、ココアを作り始める。ココアパウダーに砂糖を入れて、牛乳を少しだけ加えるとスプーンで丁寧に練り始めた。 


「たまには自分で作ればいいのに」

 
慣れた手つきを止めずに、簡単なんだしさぁ、とヒョクチェが呟く。 


「ヒョクが作ってくれるのがおいしいし」 


鍋を火にかけて牛乳を足していくヒョクチェの側に来て、手元を覗き込みながらドンへが言う。 


「だって俺、ほんとのココアは砂糖入れないと甘くないっていうのも知らなかったし」 


ドンヘはヒョクチェの手元を見つめながら、ちゃんと作ったココアっておいしいよね、とゆっくりと言葉を続ける。


「まぁ、甘党のお子様向けに標準よりだいぶ甘くしてるしね」 


そう言ったヒョクチェが確信犯っぽい笑みを浮かべる。 それが大人の余裕だという事をよく知っているからこそ、ドンヘは少しムスッとする。


「...悪かったね、お子様で」 


甘党なのは事実だから仕方ない、と敢えて反論はせず。その代わり一歩ヒョクチェに近づいたドンへが、鍋を見つめるヒョクチェの顔を覗きこむ。


「ヒョクチェの愛も入ってるし?」
「ーーッ、ばか」

 
にこ、と笑って言ってみれば、一瞬目を丸くしたヒョクチェが、耳まで真っ赤に染めてぼそりと呟く。ドンへから目を逸らし、マグカップにココアを注いだ。それをドンへに渡して、自分はブラックのままのコーヒーを持ってソファに向かうのに、大事そうに両手でカップを持ったドンへもついていく。


「そんな苦いの、よく飲めるよね」 
「大人になればわかるよ」


二人で並んでソファに座って、コーヒーを飲むヒョクチェをちらりと見てドンへが言えば、俺も昔は甘いものしか受け付けなかったし、と苦笑が返ってくる。 
ああ、まただ、また大人ぶる、とドンヘは思う。ただこれだけはどうしようもないものだ。いくら願ったって努力したって、時間だけはどうにもならない。ヒョクチェとドンヘの間にある差は埋まることがない。それをいつだって歯がゆく思いながら、ドンヘは隣に座った歳上の恋人を見る。
テレビをつけたヒョクチェがいくつかチャンネルを切り替えた後でリモコンをソファに投げ出して言う。


「何も面白いのやってないね。映画でもかけとく?」 


そう言って立ち上がり、DVDを物色し始めた。 
ドンへもだらだらテレビを見るよりは映画を見るほうが好きだったから、特に異論はなく、棚に近づき、じゃあこれ、とおもむろに一枚のDVDを手に取った。 
それを見て、はぁ?!とヒョクチェが顔を顰める。 


「それ、ホラー映画でしょ」 
「うん、たまにはいいかなと思って」 


それともスプラッターにする?ともう一枚を取り出され、さらにヒョクチェの眉間に皺が寄る。それらはどちらも最近ドンへが持ってきて勝手に棚に並べて行ったものだった。 


「...わざとだろ」 
「なにが?」 


にこり、と無邪気に笑って見せるドンへ。 
年下にホラー映画も見れないの、とバカにされたと思い、ヒョクチェは悔しそうに唇を噛む。そんな表情すら、ドンへにとっては御褒美以外の何者でもないという事に気づかずに。


「やだ!もっとシリーズ物のファンタジーとか見たい!」 


そう言ってヒョクチェが手に取ったのは、かの有名なハ〇ーポッター。誰もが知る長編シリーズ物だ。
それを見たドンへは面白くなさそうに眉にシワを寄せる。


「はぁ?何言ってんの?そんなの見始めたら終わるころには朝になっちゃうだろ」 


せっかく泊まりに来たのに映画鑑賞で一夜を明かす気?と鼻白んだように言ってくるのに、 


「――別に、俺はそれでもいいし」 


そ知らぬ顔でヒョクチェが言ってみせる。 


「そんなの絶対イヤだからね」 
「は!?こっちだって嫌だね!ドンへがどうしてもそれ見るってんなら、俺、風呂でも入るし!今日は一緒に入れないね、残念でしたっ!」

 
言い捨てて、パタンとドアを閉められてしまう。 


「...ああ、もう」 

事あるごとに大人びた態度で自分を子ども扱いするくせに、ホラー映画が怖くて逃げだすなどという一面を持つヒョクチェが可愛くて、ドンへは頬を緩める。そしてテレビを消してゆっくり立ち上がった。 








*****




「...映画、見るんじゃなかったの」

ドンへの気配に気づいたヒョクチェが、バスタブにお湯をためながらちらりと振り返って言ってくる。 

「だってヒョクチェとお風呂入る方がいいし」 
「...あっそ」 

しれっと返すドンヘに、好きにすれば、と呟いたヒョクチェが、お気に入りの入浴剤である紫の爽やかな色合いのバスボムに手に取って入れようとしたヒョクチェだったが、


「これがいいなぁ」 


すかさずわきから手を伸ばしたドンへが、黄色っぽい球体を手に取る。 


「...お前に聞いてないんだけど。ってかドンへ、先週もそれだったじゃん...」 


ドンへの手の中にある、はちみつの香りのバスボムを見てヒョクチェがため息をついた。 


「甘いもん好きなのはわかるけど、それは食べられないよ?」 
「まあ...確かに、これは食べられないけど...これで甘い匂いになったヒョクチェのこと食べるの、好きだし」 

「――――っ、」 


ぶつぶつ文句を言えば、ドンヘはどっちが年上だ、と聞きたくなるくらいの口説き文句を、サラリと返してくる。
ほんとにもいうこいつは、とヒョクチェは心の中で毒づく。 
出会ったころはあんなに純真無垢な少年だったのに、いつから平気でこんなことを言うようになってしまったのだろうか。 
まぁもっともヒョクチェの方だって、紫色のバスボムを選ぼうとしたのは、そこから漂うラベンダーの匂いがするドンへに抱きしめられたいと思ってしまったから、という点ではお互い様なのだが――と、それは口には出さず。 




バスタブにたっぷりお湯をためて、ドンへの選んだバスボムを落として。 
ふわふわに泡立てたシャワージェルで体を洗った後に、甘い匂いがたちこめるバスタブに身を沈めたドンへに続いてヒョクチェも入ってくる。 
そのままドンへと向かい合って座るのに、 


「...なんでそっち向きなの」 


ヒョクチェを後ろから抱こうと待ち構えていたドンへが、抗議の声を上げる。 


「だってドンへ、絶対何かするから」 


風呂で色々ヤると、のぼせるから嫌なんだよ、とドンへを睨んだヒョクチェが、 


「あーもう、さすがに甘すぎない?この匂い」 
「そうかなぁ?いい匂いだと思うけど...」 

両手で湯をすくいながら言うヒョクチェの言葉に、ドンヘは不思議とばかりに疑問で返す。
ドンへの言葉を聞いたヒョクチェは、くすり、と面白そうに笑みを漏らした。


「やっぱ、俺らってさぁ」
「――うん?」 
「ぜんっぜん、合わないよね」


怪訝そうに少し眉を寄せたドンへに、だってさ、とヒョクチェが続ける。 


「好きな食べ物も好きな飲み物も合わないだろ。趣味も違うし、せっかく一緒に映画見ようかって時でも見たい映画は全然違うし」


ついでに入浴剤と石鹸の好みも合ったことねえよな、と指折り数えれば、 


「確かに、そうだね」


ドンへが苦笑する。 


「なのにさ」 
「うん」 
「...なんで、こうなったかなぁ?」


それは困ったような物言いではあったものの、小首を傾げたヒョクチェの瞳はどことなく艶めいていて。 
おそらく確信犯でしたであろうあざとすぎるそれにドキリとしながら。


「――だって」


平静を装ったドンへは、向かい合っていたヒョクチェの腕を取ると、その華奢な体を引き寄せて反転させ、自分の腕の中にきゅうと抱きこんだ。 
ふわり、とヒョクチェの体から甘い香りが漂ってきて、ドンへはその首元に顔を埋める。


「――――っ」


ぴくん、とヒョクチェが身を竦め、ぱしゃりとお湯が波立つ。


「俺の好きな飲み物はココアで、コーヒーは飲めなくて、好きな映画はホラーで」 
「....う....ん」 
「好きなタイプは、年下タラシのツンデレの、本当は優しくて照れ屋で甘えたの、年上のオトコのヒト、だから」 


ヒョクチェの耳元で囁けば、くすぐったいのか少し身じろいだヒョクチェがちらりと目線を向けてきて。


「...それでいくと、俺は、コーヒーが好きで、怖い映画も苦手で」 
「――うん」 
「好きなタイプは、頑固で融通きかないしめっちゃ重いけど、そのぶん一途で、俺のことだけ見て、甘やかしてくれる、年下のオトコのコ、かな」


ヒョクチェがそう言って、艶やかな笑みを浮かべてくる。するとまるで待ってました、と言わんばかりにドンへの顔が緩む。


「...ね。好きなものが同じだったら――こうなってなかったよ。ヒョクチェが、純粋なオトコのコ誑かす悪い大人でよかった」 


ふふ、と笑ったドンへが、目の前にあるヒョクチェの肌に唇を寄せる。そのまま、ちゅう、と吸い上げれば、


「あ……ん、っ」


はちみつの香りに負けないくらい、甘ったるい声を上げたヒョクチェが、目元を赤く染めて、はぁ、と悩ましげな吐息をついて。


「そーやって...品行方正なお坊ちゃんみたいな顔して、悪い大人を食うんだよね、お前は...」 


そんな色艶の混ざるヒョクチェのそれに誘われるように、ドンへは耳朶を甘噛みし、首筋に舌を這わせていく。 


「――ん.......」


なめらかなヒョクチェの項がほんのりピンク色に染まっていくのに密やかな笑みを漏らしたドンへが、抱きしめていた手でヒョクチェの胸元を探ろうとするのに、


「あ、も、ダメだ.....って!のぼせる....から.....ッ!!」 


せっぱつまったようにヒョクチェが切れ切れの声を上げてきて。 


「じゃあ、続きはベッドでね」


耳の中に息が入るくらい近くで囁けば、こく、とヒョクチェが微かに頷く。 











そして、はちみつよりも甘く優しい夜が更けていく―――― .....








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