ヘウン


□それは酸素でなくて、
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ーーー星降る夢、この熱帯夜に捧ぐ。









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Speaker:Eunhyuk
















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「俺ね、本当に好きになった人なら、きっと何をしても許せると思う」


夜もとっぷりと深けて、心地よい秋の日。少しのメンバーと簡単なおつまみにアルコールを煽り、小一時間は経っただろう時。ほんのりと頬を桃色にしてご機嫌な調子で、しかし静かにドンヘは言った。


「料理が下手でも、掃除が出来なくても、だらしがなくても、集合時間に遅れても、きっと全部許しちゃう。」


まさかそんな、友人にすら理不尽な行き過ぎとも言える甘えをする彼なのに、そんなことを言うようになったのか。俺はそう思わずにはいられなくて、思わずふわふわと笑った。


「束縛してくれて構わないし、ある程度放任されたって大丈夫。なんなら、浮気しても反省して俺の元に帰ってきてくれるなら怒らない。」


なにそれ、甘やかしすぎでしょ。彼女、調子に乗っちゃうよ。どうすんの、わがまま三昧なお嬢様になっちゃったら。
そう言いながら、またチーズと一緒にワインを煽る。とっぷり暮れた夜はアルコールの回りを加速させ、さらに心地の良い風が耳をくすぐって、やはり笑ってしまう。


「いいよ、俺と一緒にいるなら、どれだけわがままでも、どれだけ調子に乗っても。本当に好きなら、多分それだって許せちゃう。きっと可愛くて堪らないから。」


そんなに好きで、どんな事だって聞けるって言っても。いや、きっと逆に、そう言っているからこそ。ドンヘには聞けないわがままがあるよ。「別れよう」て彼女に言われたら、きっとドンヘはそのわがままは聞けないよね。


「...え、どうして?」


だって、どれだけわがまましたって許せるほど、その子のことを愛しているんだろ?そんなに愛している彼女のことを、ドンヘはたった一言の別れの言葉で手放せるの?


「聞くよ、それが彼女の頼みなら。俺はいつだって、彼女の中で美しい存在でありたいんだ。彼女にとって俺がなんでも言うことを聞いてくれる存在≠ネら、最後までそれを貫くさ」


そりゃお前、夢見すぎだ。そう呟いたのは誰だったか。少なくとも俺でもドンヘでもなかったから、そのとき一緒に呑んでいた中のうちの誰かだったのだろう。
そう?とドンヘは特に反論するでもなく言った。





「俺さ、思うんだ。もしどうしたってその人が必要で、好きな人の前では美しくいたいって俺のポリシーに反して、情けなくすがり付いてでも一緒にいたくて。そんなのはきっともう俺にとって恋≠ネんて言葉じゃ語り尽くせない」



じゃあ何だよ、と問うたのは、多分また別の誰かだった。ドンヘが飲んでいたのは果たしてなんだったか、あの琥珀色の液体に、ウイスキーかなにかか、と思いながら横目で確認すると、ドンヘはグラスの中に入った粗く削られた氷をカラン、と軽やかに揺らした。



「...なんだろね、...酸素?」


ふわ、とどこからか吹いてきた風が甘やかな香りを運ぶ。

ああ、ああ、そうか、そうか。

ドンヘにとって離れがたく醜態をさらしてでも欲しいもの、それは、きっと目に見えないのだ。酸素のような、気体か、はたまた、空想の中のものか。
不思議なものだ。人の思考は姿かたちが見えない。それはドンヘも然りで、彼の思考は人には見えない。その人には見えない思考が、やはり本能で求めるものは、また目に見えないものだという。大切なものはいつだって目に見えない。それは俺にとっては一種の信仰のようにも感じられて、たとえ夢物語だとしてもそれを夢心地で語るドンへこそが、美しさそのものに見えた。


思えば、俺がドンヘに恋をしたのはあの時だったかもしれない。まだ成人したての若造が集まって、まだ幾許かしか慣れていないアルコールを煽って、若者らしい青臭い理想や夢なんかを語り合った、あの夜。

ああ、あの時一緒に飲んだメンバーは今どうしているのだろうか。ドンヘは相変わらず同じグループのメンバーとして俺の横にいるが、ほかのメンバーは、元気だろうか。









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