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□滝の中の秘密
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「だって、」と彼は漏らした。
滝の中の洞窟で、私たちはこそこそと小さな声で喋っていた。
滝の音が時折私たちの会話を邪魔してしまうけれど、それでも大きな声で喋ろうとは思えなかった。
「男の人魚だなんてきっと気持ち悪いと思われるよ」
彼はそう言って、魚のヒレのような耳を縮こまらせた。
「街にそんな酷いこと言う人いないよ」
俯いた顔を覗き込んでそう言うと、彼は目を潤ませて私の目をじっと見つめた。
街においで、と私はよく彼を誘う。彼は決まって瞳を潤ませて首を横に振るだけで、差し出した私の手を掴んでくれたことなどなかった。
緑色のウロコが神秘的で可愛らしいのに、彼はそれが気持ち悪いんだと言う。
それが何よりも悲しくて寂しくて、私は今日もまた彼を街へと誘う。
「おいでよ、きっと暖かく迎えてくれるよ」
「僕にとってはここの方が暖かいよ」
そしてこの問答は日が暮れるまで続く。
滝の中の秘密