その他 book

□レンタル始めました
1ページ/1ページ



軒並みの続く通りを歩く。
かつんかつんとかかとがアスファルトを打ち付ける音が嫌に耳に響く。
誰も居ない夜。猫一匹だって見当たらない。
その事が何か嫌な予感を駆り立てて、俺は歩く速度を思い切り早めた。

バサリ、と音をたてめくれたのぼりに目をやる。
「レンタル店」とだけ書かれたシンプルなそれは俺の興味を引くのに十分だった。


何の音もしない夜道に、静かにその店は佇んでいた。
意を決してドアの前に立つ。一向に開く気配のしないドアに疑問を覚えまじまじとドアを見ると、
「故障中により手動で開けてください」という張り紙がしてあった。

深い溜息を吐きつつドアを開く。
むわりとした熱い空気が俺を迎え入れ、俺は早くもこの店はやめたほうがいいと察した。


「いらっしゃいませ」


方向転換しようと踵を返したところで聞こえたそれに、足をぴたりと止める。
掠れた低い声はいかにも胡散臭くて、俺は今更逃げられないと店の中に入ることにした。

どうせならホラーDVDの1つでも借りて家で友人と見よう。
そのついでにこのレンタル店の話でもすれば雰囲気作りもバッチリじゃないか。


「怖いDVD、借りたいんだけど。なんかオススメとかある?」

「始めたばかりのレンタル店でしてそのようなものは置いていないのです」

「は?…じゃあ面白いやつでいいよ」

「DVD自体置いていないのです」


店員の言葉に眉根を寄せ、聞き返す。
再度同じ言葉が返ってきたことに少しの恐怖を覚え、店内を見渡す。

確かに店員の言っている通りDVDを置いている棚などなくて、
そういえばのぼりに書いていたのは「レンタル」の文字だけで。
それだけでDVDを置いていると勘違いした自分を恥ずかしく思い顔が紅潮した。


「…勘違いしてたみたいだ。じゃあおっさん、ここって何の店?」

「見て行かれますか」


じろりと銀縁眼鏡の奥の目が動く。思わず「はい」と答えてしまった俺は自分の口を呪った。
おっさんはレジの椅子に座っていた腰を上げ、ガタガタとその辺の物を蹴っ飛ばしながら店内の奥へと向かう。
相変わらず店内の空気は熱く、どんよりと重い。
いつの間にかかいていた汗を拭い取り、おっさんの後を歩く。

がちゃり、きいい、と酷く軋む扉を開けたおっさんはその中へゆっくり入っていく。
扉の中は暗く先を見ることさえ叶わない。
無意識に立ち止まっていた足を無理に動かす。今戻ると友人に笑われるというプライドが俺の足を動かすただ一つの原動力だった。

カツン。扉の先に足を踏み入れる。靴音が響き、室内の空気は一気に冷え込んだ。
目を細め両手で空を掻きながら先へ進む。
おっさんの靴音が聞こえないのが不思議でたまらない。


「電気つけましょうか」


闇から聞こえてきた声に思わず、できればもっと早く点けて欲しかった!と心の中で叫ぶ。
お願いします、と言った声は震えて自分でも情けないと思うほど。

指を鳴らした時のような音の後、蛍光灯が何度か点滅しやがて部屋を明るく照らした。
急な明るさに耐え切れず閉じたまぶたをじわじわと開けていく。
視界に飛び込んできたのは固く目を瞑る女性だった。


「うちの店ではこれをレンタルしております」


おっさんの声が遠くに聞こえた。
目の前の女性は明らかに見覚えのある女で、俺は口と目を間抜けのように開けていた。


「本物ではありませんが、本物と何も変わりません」





ハッと我を取り戻した時には俺の隣りには、俺が片思いをしている筈の女性が立っていた。
「行きましょ」と動いた口はどこか機械的で、でも女性の手は俺の腕を優しく掴んでいて。

勢いよく後ろを振り返るが何ものぼりなどたっていない。店すらない。
「どうしたの?」と尚も俺の腕を掴むその手を振り払う。
額には脂汗。
俺は無意識の内になんてことをしてしまったんだ。

『この子をください、買い取らせてください』

『買い取る場合、レンタル品の代わりに本物を店に置くことになります』

『構いません』

俺はなんてことをしてしまったんだ。



レンタル始めました

 

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ