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□星に、願いを。
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神様、お星様。
僕のお願い聞いて下さい。
どうか、織也(おりや)くんが幸せでありますように―
「慶彦(よしひこ)」
僕の頭上から声が降ってくる。
「あ、織也」
仰ぎ見ると、僕を見下ろすイケメン。
「今日、掃除当番代われ」
「え…でも今日…」
「うるせぇな。代われっつったら代わりゃいいんだよ」
…いつもの、パターン。
「…判った」
僕がようやく返事をすると、もう背中を向けてる。
「織也ぁ、まだぁ?」
「おー、行くぞ」
…今日はまた随分ハデめな女の子だね。
たしか先週は大人しそうなお嬢様タイプの子だったと思うんだけど。
僕はふぅ、とため息を吐き出して立ち上がった。
僕と織也は小さい頃はそれなりに仲がよかった。
織也の家はかなりの資産家で織也は所謂御曹司、ってやつだ。
そんな織也がどうしてそこそこのレベルの家の僕と同じ学校に通い、僕と仲がよかったのかと言うと、織也のお祖父様と僕のお祖父ちゃんが親友だからだ。
今だに行き来があり、僕も随分可愛がってもらってる。
僕らが生まれる前から孫同士を結婚させようって決めてたらしく、つまり僕は織也の許婚…らしい。
勿論僕も織也も男なんだけど、小さい頃は本気で織也のお嫁さんになるつもりだった。
だから母さんに教わって家事は完璧に出来るようにしたし、料理だって織也の好きなモノを覚えて、織也好みの味付けに作れるようになった。
…だけど。
織也はそんなつもりはもう無い。
当たり前だよね。
僕らは男で、しかも僕はごく普通…平凡すぎるほど平凡だし。
なんの取り得も無いし、顔だって平凡。
今まで一度だって、誰かに告られたことも無ければナンパされたことすらない。
それでも僕は…ずっと織也の事が好きだった。
女の子とばかり遊んでいい加減に見えるけど、本当は努力家なんだ。
お兄さんがいるんだけど、すごい優秀なお兄さんで。
そのお兄さんに追いつけるように、勉強もスポーツも影で努力家してきてるんだ。
それに、いつもは俺様な性格だけど優しい。
僕が風邪をひいたら隠しててもすぐに判って休ませるし、絶対にお見舞いに来る。僕の大好きなチーズケーキを持って。
だから僕は、織也のお嫁さんになる以外は考えたことすら無かったから、構わなかったんだけど。
織也は…違う。
織也は僕とは正反対。
背は180センチと高く、蜂蜜色に染めた綺麗な髪に一重でキリッとした瞳。
身体もしっかり筋肉がついてて、ただ細いだけの僕とは大違い。
加えて織也の家―文月(ふづき)家は資産家で、会社も持ってて織也は御曹司で。
要するにモテるんだ。
そりゃ、イケメンで金持ちなら女の子がほっとかない。
きれいな子から可愛い子、年上から年下まで選び放題だよ。
…僕なんか選ばずとも、いいお嫁さん候補がわんさか居る。
だけど、織也のお祖父様は僕を嫁扱いしてくれてる。
「高校を卒業したら織也の嫁に来なさい」って、言ってくれてる。
だから僕は期待してしまう。
織也のお嫁さんになれるんじゃないか。
織也の世話が出来るんじゃないか。
そう、期待してしまう。
だけど。
「慶彦、今日の委員会に出とけ」
…今日も可愛いけど違う女の子を連れてる。
そして僕に雑用を押し付ける。
「え…、でも今日は僕と文月の家に行く日でしょ?」
「あ?そうだっけか…めんどくせぇ」
はぁ、とため息を吐き出す織也。
高校生になってから織也が全然本家に顔を出さなくなったから、お祖父様が週に一度は顔を出せって決めたんだよね。
…僕と一緒に。
普段は我が儘で俺様で、僕の言うことなんか聞かない織也だけど、お祖父様の言うことは素直に聞いてる。
「…仕方ねぇ。今日は無しだ」
女の子にそう言う。
「えーっ、酷い。あたし、楽しみにしてたんだけどぉ」
「仕方ねーだろ」
「もぉ〜」
織也には甘えた声で言うのに、帰り際に僕のことを凄い目で睨んできた。
…僕のせいじゃないのに。
ま、もう慣れっこだけどね。
文月家関連行事で織也を連れて行くのは、昔から僕の役目だった。思春期に入ってからは何かとサボろうとする織也を連れ出し、支度させ、送り出す。
その度にドタキャンされた女の子達に逆恨みされ、睨まれ、悪態をつかれるのは全部僕。
…もう、慣れた。
「織也、どうだ学校は」
「どうもこうもねぇって」
カチャカチャと食器が触れ合う音。
「どうなんだ、慶彦」
「あ、ええともうじき文化祭があります。僕らのクラスは喫茶店やるんですよ」
「そうかそうか。で、織也は何かするのか?」
「…知らん」
不機嫌そうにサーモンを口に運ぶ織也。
「…お前はちゃんと学校に行ってるのか?」
「慶彦が行ってんだから、行ってるに決まってんだろーが」
織也はぐいっとワインを飲み干す。
慶彦が行くから行ってる―
僕がお目付役で、口煩いしチクられるからだって意味なんだろうけど、嬉しい言葉だ。