甘い鳥籠
□お前の幸せを願って……
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今日は昼過ぎから仕事が休みだった。
ここのところ、休みがなく仕事に追われていたので、少し休養を取るようにとルーファス様から休みをもらったのだった。
だが、休みだからといって特にすることがある訳でもなく、何をしようか悩んでいると不意にザクスの顔が浮かんできた。
仕事の時でさえも、仕事をしているのか遊んでいるのかわからない私とは正反対の彼。
最近はあまり会ってない。……会いたい、と思った。
いつもザクスは神出鬼没だが今は昼過ぎ、というよりティータイムの時間に近い。
ということは、シャロン様と一緒にいるかもしれない。
なので、さっそくシャロン様をたずねてみた。
シャロンはお気に入りの紅茶を飲みながら、オズやギルバート、アリスとともに、楽しそうに談笑していた。
だが、そこにザクスの姿はない。
シャロン様にたずねると
「今日はブレイクを見かけていませんわよ。」
と言われてしまった。
オズにも聞いてみたが、心当たりはないらしく
「レイムさん、ブレイクをさがしているの?めずらしいね。」
と言われ、大した用ではないのでと曖昧な返事をした。
どうしようかと悩んでいると、シャロンが思いついたように私にいった。
「もしかしたら、自分の部屋にいるかもしれませんわ。もしブレイクをさがすのでしたら、こちらに来るように言ってください。今からお茶会、という程ではありませんが、天気がよいのでみんなで、お庭でお茶をしようと思ってたのです。もちろん、ブレイクへの用が済んでからでかまいませんわ。」
ありがとうございます、とお礼の言葉をいい、私は部屋を出た。
ザクスはあまり自室にいないのですっかりさがすのを忘れていた。
彼の部屋に着き、ドアを1、2回ノックする。
……応答無し。
いつもはふざけた返事が返ってくるのだが、今日はなんの物音もしない。
寝ているのかと思い、引き返そうと思たが一応、ドアノブをひねってみた。
あいた。
部屋の先にはベッドがあり、彼はそこで寝ていた。
寝ているのに、鍵をかけないなんて彼らしくもない。
そう思いながら私は近寄り、彼の美しさに息をのんだ。
窓から入ってくる温かな日差しに反射する、手触りの良い高級糸のような見事な銀髪。
ラフな格好の下にのぞかせる透き通るように白い肌。
私の愛した彼の姿だった。
彼は気配に敏感なので、ここまで近づいたらいつもは起きるのだが全然起きない。
そして、彼がうなされているのに気付いた。
なんだか不安になり
「ザクス、ザクス。」
と声をかける。
すると彼は、かつて災いをもたらすと言われた、禍罪の紅眼をゆっくりと開けた。
私は彼の、きれいで鮮やかな紅い眼が好きだが、そんなことはおくびにも出さない。
「おい、ザクス。どうしたんだ?ずいぶんとうなされてたぞ。」
彼は寝起きとは思えないしっかりした口調で言った。
「……レイムさん」
「……いえ、何でもありませんヨ。」
道化師のような彼。彼の本心はにっこり微笑んだ笑顔の仮面に隠された。
まあ、彼に本当のことを教えてもらえるとは思ってないので、別にいい。だから
「…そうか……」
と言うにとどめた。
「それよりレイムさん。何か用があってきたんじゃないですカ?」
彼は、ベッドから身を起こしながら私にたずねた。
「ああ。じつはな、シャロンお嬢様がお茶にしようといっていたので誘いにきたんだ。今日はオズ様達も来ているし、晴れているからちょうどいいだろう?」
「めずらしいですネェ。君が誘いにくるなんて。」
たしかにめずらしい。だいたいはザクスが誘ってくるので。
「今日は午後から仕事が休みなんだ。最近忙しいからとルーファス様が休みをくださったのだ。私としてはあまり忙しい感じはしないのだが……。」
私は彼をみながらわけを話した。
そしたら目をそらされたので「?」と思う。なんだかおかしい。
「ザクス、どうした?さっきからなんかおかしいぞ。」
「いえ……。」
彼はそういうと、久しぶりにこの言葉を発した。
「ねえ、レイムさん。君はいいんですか……私と一緒にいて……。私は罪人なんですよ………。君には幸せになる資格がある。」
かつて何度も聞いた言葉。
彼の心と身体を拘束する”幸せ”の一言。
久しぶりだったので、私は多少驚いたが、すぐに呆れた。
「あのな、ザクス。私は自分が不幸だと思ったことは無いぞ。お前はどうなんだ?」
「…………私は幸せを求めてはいけませんから…。」
これほど悲しい答えがあるだろうか。彼は悲しそうに、でもはっきりとこの言葉を言った。
そんな彼をみて、私は反射的に思ったことを言っていた。
「なぜ……なぜいけないんだ。もうお前は幸せになっていいんだ。」
ああ。もうダメだ。こんな悲しそうな表情をされるとわからなくなる。
「でも、私はー」
がまんできない。
いってほしくない。
私は彼の唇をふさいだ。
同時に、彼の華奢で細い体を抱く。
彼の低い体温が伝わってくる。
私はしばらくそうしていた。
「レイムさん、苦しいです」
しばらくして、彼が言った。
私は思ったより強く抱いていたようだ。
「……すまん、ザクス。」
そして、ゆっくりと彼の背中にまわした腕をほどく。
幸せ、と彼は言った。
私の幸せ。それは彼に気持ちを伝えた時から決まっている。
「ザクス、お前は馬鹿だな。私はお前がいない世界なんて幸せではない。……お前を愛しているから」
本心だった。
「……馬鹿なのはレイムさんのほうです。」
言い返されたけど何も言えない。
その通りだと思ったからだ。
彼は私をおいて逝く。
そんな彼を愛してしまうなんて。
でも後悔はしていない。
彼が言った。
「では……最後まで、私の最後まで私を愛してくれますか。」
当たり前だ。お前がいなくなろうとも私はお前を愛したい。
まあ、そんなこと(後半部分)言ったら彼に心配?されるので言わないが。
「何度でも言おう。私はザクス、お前を愛している。」
「レイム………。」
ああ。なぜ彼はこんなに苦しまなければいけないのだろう。
罪人だから?
違う。もういいんだ。
お前は幸せになっていいんだ。
そういいたい気持ちをこらえて、私はただ願った。
ザクス、お前の幸せを私は願うよ……。