たとえ君が…

□生まれた不安
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ソウシ
「☆☆ちゃん、そっちの棚の、右から二番目の薬とってくれる?」

☆☆
「…えっと、これ、ですか?」

ソウシ
「うん、それであってるよ」

お皿洗いを終えた私は、ソウシさんに頼まれた医務室で、手伝いを行っていた。

三日後のバーベキューに向けて、足りない薬を作るための薬品整理とソウシさんは言っていた。

ずらっと、棚に並ぶ薬品を見渡しながら、言われた通りにソウシさんに薬を手渡す。

この船に乗って三か月。

船に乗り始めたころに比べれば、だいぶ、この部屋の薬品についてもわかってきていた。

風邪薬に、胃腸薬、二日酔いの薬に、消毒液と、よく使うような薬品なら、ソウシさんの指示なしで動けるようになった私。

けれど、今回のように普段使わない様な特別な薬に対しての知識は、まだ私には浅くて、こうしていちいちソウシさんに言われないと動けなかった。

☆☆
「ごめんなさい、ソウシさん。私、この部屋の薬の事、完全に把握し切れていなくて…」

ソウシ
「ふふっ、そんなこと気にしなくていいんだよ。こんなに薬があるんだもの、新しい物だって増えていくし、すぐに覚える方が無理だよ」

ずらっと棚に並んだ薬を見渡しながら、ソウシさんが言う。

☆☆
「でも私、この船に乗ってもう三ヶ月ですよ?もうそろそろ覚えてもいいころなのに…」

ソウシ
「ある程度の薬さえ覚えていてもらえれば、私は満足だよ。今扱っている薬は、普段じゃなかなか使わないしね。覚えてない方が当然だ」

テーブルに並べられた薬瓶のひとつを手に取ったソウシさんが、笑いながら言う。

並べられた一つ一つに視線をずらしていくと、中には難しい単語で書かれたラベルがはってあるものもあった。

ヤマトにいたころ、働く事に精一杯で、あまりちゃんと勉学をしてこなかった私は、その文字だけで一瞬、頭が痛くなる。

訳の分からない薬のラベルたちに、クラッと目眩がするのをなんとか抑え、私はソウシさんに問いかけた。

☆☆
「そう言えば、どうしてこんなにも薬の用意をするんですか?」

ソウシ
「うーん、いろいろと、危険な事があるからかな?」

☆☆
「危険な事?」

無人島に行ったことがない私には、何がどう危険なのか、全く持って検討がつかなかった。

首を傾げながらソウシさんを見ると、ソウシさんは何かを思い出したように、本棚から一冊の本を取り出す。

ぺらぺらと本をめくり、やがてひとつのページにたどりついた時、そっとそれを私に差し出した。

☆☆
「…記憶の種?」

ソウシ
「☆☆ちゃん、聞いた事ある?」

☆☆
「いえ、一度も」

ソウシ
「これ植物なんだけど、☆☆ちゃんはこれに、どんな印象を覚える?」

☆☆
「え?印象、ですか?」

言われて本の内容に視線を移す。

文章に視線を落とすものの、難しい言葉で書かれた内容は、いくら目を追っても一向に頭の中に入ってこなかった。

仕方なく、隣のページに記載された写真に視線を移す。

カラーで記載された植物の写真に、チラッと見たのは一瞬の事で、すぐに私は、その写真に目が釘つけになった。

赤く宝石のように輝く実。果物のイチゴを思い出させるような実の大きさ。

見た事がないその植物に、イメージを膨らませていくと、それはとても甘くて、美味しい果実に似ている感じがしてきていた。

☆☆
「なんか、とっても甘くて美味しそうな果実って感じです」

ソウシ
「確かに、写真を見ると、そうかもね」

私の手から本をとったソウシさんが、写真に視線を移しながらそう答えた。

険しい顔をして本を見るソウシさんに、不安を覚えていく。

何故だが急にとても怖くなり、ソウシさんに問いかけた。

☆☆
「あの、実際は、どんな植物なんですか?」

ソウシ
「これはね、食べた人から徐々に記憶を奪っていく、呪いの実なんだよ」

☆☆
「の、呪いの実!?」

驚いた私は、信じられない思いで、ソウシさんが持っている本のページに視線を移した。

赤く光る実は、どこからどう見ても不気味な感じさえひとつしないものだった。

それどころか、見れば見るほどに、増々おいしそうだなという感情が増していく。

呆然と本を見つめる私に、ソウシさんは静かに口を開いた。

ソウシ
「記憶の種はね、人の手の行き届かない、無人島に生息する植物なんだけど、生命の転換っていう病を引き起こす、災いの実とされてるんだ」

☆☆
「生命の転換?」

ソウシ
「うん。あまり人々には知られていない病気のひとつでね。記憶の種を食べたものだけがなる、特殊な病気なんだ。記憶の種は、実を口にした人間の中から、徐々にその人の記憶を削り取っていく。削り取られた記憶は、もとにもどることはないんだ。そして、全ての記憶をとられたものは、もともとの身体を維持できなくなるんだ」

☆☆
「…それって、記憶がなくなったら、死んじゃうってことですか?」

ソウシ
「死ぬわけではないんだけど、身体を維持できなくなって消えたその人の身体は、今度は別の個体になって、生まれ変わるんだよ。運が良ければ、また人間の身体に生まれ変わる。でも、運が悪ければ、動物や植物、最悪の場合、道端に転がる石ころなんかに姿を変えてしまうんだ」

☆☆
「…石ころ……」
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