その他

□昼下がりに見た夢
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 誰かがどこかで泣いたような、
そんな、夢を見た。

  『 昼下がりに見た夢 』


 熱い。息を吸えばむせかえり、咽が焼ける。四方を炎に囲まれる。
 生きることに執着はない。ただひとつ。心残りと言うには何か違う、しかし明確な思いが、ある。
 後ろから誰かの足音が聞こえる。その音に集中する。これは草履の足音…味方ではない、なら。

「高杉…」

 冷たい笑みを浮かべるその瞳は、獲物を狩る獣そのもので。俺をぎろりと睨み、刀を抜いた。俺は柄に手をかけもせず、その代わりライターを取り出し、煙草を一本、味わった。
 お前はやっぱり、覚えていないんだな。
 
「随分と大人しいじゃねぇか、真選組の副長さんよォ」

 何の抵抗もない俺を嗤う。カシャ、と小さく音が鳴って、俺の首筋に冷たい刀が当てられる。
 俺も、呆れるほど間抜けな自分を嗤って、煙草をもみ消した。視線か絡み合う。

「最期の言葉くらい聞いてやるよ」

 最期の言葉、か。そうだな、正反対の道を歩いてきた、たった一度、俺を殺すために現れたお前に。

「なあ」









 ワイシャツ一枚で過ごすにはまだ少し肌寒い、けれど上着を着れば暑い。そんな天気の日だった。
 大型連休のくせに課題やら部活やらで全く学生を休ませる気のない学校側の陰謀により、例年通りゴールデンウイークなどというものはあっという間に過ぎてしまった。
 
「ん」
「あ」

 屋上の扉を開いたら、バチリと目が合う。不良である高杉晋助は今日も変わらず煙草をくゆらせ、薄く笑って短く挨拶をした。俺も同じように挨拶を返し、いつものように少し距離をあけて高杉の隣に座った。

 静かな時間。白い雲が浮かぶ青空に溶ける紫煙。ああ、懐かしいな、この感じ。なんて、言えないけど。

「お前単位大丈夫なのかよ」
「心配ねぇよ。お前こそいいのかよ、こんなことしてて。優等生の風紀副委員長さん」
「バレなきゃいーんだよ。次はどうせ日本史だ、出なくても問題ない」

 クラスも違う。委員会も違う、部活も違う。接点なんてまるでない。仲がいいどころか敵対してる。ただひとつ、たまにサボって屋上で煙草を吸うというだけの共通点。だけど。よかった、今回は何度も話せてる。

「なあ、変なこと聞いていいか」
「あ?」
「もし生まれ変わるとしたら、また男がいいか?」
「……は?」

 怪訝そうな、いや寧ろ呆れたよな目で見られる。咄嗟に今朝テレビで見たんだと苦しい言い訳をして、どうにか不信感をなくせ…たのか?

「──まあ、そうだな。別に男で不満に思ったことねぇし、女は面倒が多そうだしなァ」
「そうだよな。俺もだ」
「だがまァ、存外人間以外でも面白ぇかもしれねぇな」
「例えば?」
「野良猫──いや、烏とかな」

 野良猫、烏。どっちも何となくコイツらしいと思った。
 そうだな、人間以外なら、まだ楽なのかもしれない。天が俺らの希望を叶えてくれてるのか、俺らは必ず男になる。それは有り難いことだ、俺も女になりたいと思ったことはねぇ。ただ、たまに、女だったらよかったのだろうと、思うときはあるけど。

「おい」
「ん?」
「俺も変なこと聞くが」
「ああ」
「最近、夢見たか」
「…はあ?」

 何だ、藪から棒に。コイツがそんなこと聞くなんて。だが、さっきの俺の質問の方がよっぽど変だっただろうことはわかりきっているので、俺は真正直に答えた。

「まあ…見たけど」
「どんな」
「どんな、って…」

 俺は今朝見た夢を思い出す。いや、思い出すも何も、毎日見ている夢だ。そして正確には夢ではなくて過去。だがそんなこと、言えるはずもなく。

「別に、普通の夢だよ。日常のような、ちょっと変なような」
「…そうか」
「そう言うお前は、どんなの見たんだよ」

 そう聞くと、高杉はじろりと俺を見て薄く笑った。俺が困惑しているのを見て、ゆうるりと空を見上げたがら、俺もつられて空を見上げた。今日は憎らしいほどの晴天で、天辺から少し下ってきた太陽が俺達をからかうように照らしだしている。

「俺ァ…そうさなァ、下らねぇ夢だよ」

 笑いながら話したお前は、何を笑って居るんだろう。俺が何かを言いあぐねていると、高杉はぽつりと、表情の見えない横顔を俺に見せながら続けた。

「昔から何度も見る、馬鹿げた夢だよ。夢ん中じゃ俺はぼろぼろで、左目から血を流して笑ってた」

 馬鹿げたと嗤うくせに、その夢を語る声はやけに愛しそうで。一体どんな表情をしているのだろうか。

「そしたら傍に居た奴が言うんだよ、置いていくなって。俺はそいつにこう返すんだ」

 覗き込んだ表情は、見たことのないような穏やかで、あどけない笑顔をして。

「つぎはずっと傍にいるから、待ってろよ、土方」

 俺の頬には“はじめ”と同じ、涙が流れて

「誰かがどこかで見たような、そんな夢だ」


 昼がりに


紫煙が空に溶ける鬱陶しいくらい晴れた昼下がり、お前の隣で笑って生きていける、そんな幸せを二人、夢見た。
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