その他

□5月11日
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はあ、はあ、っ、はあ…。


ああ…どこだ、ここ。
重くて暗い。何も見えない。

嫌な臭いがする…血の臭い…いや、戦場の臭いだ。
足下には敵のも味方のも、死体が転がっている。

辺りに生きている人はいない。
アイツらは…近藤さん、総悟、原田、山崎…どこにいる?

足が重たい。ああ、血が流れているんだ。
変な汗がじわりと浮き出て、体にまとわりつく。何だ、どうしてこんなに静かなんだ。とても戦場とは思えないほどの…いや、現実とは思えないほどの、静けさ。

ああ、苦しい、苦しいっ、息苦しい。心の底から湧き上がる恐怖心、何か得体の知れないものと、俺は戦っている。

パァン────

……え?

「副長!」
「土方さんっ」
「トシ!!」

ドクドクと血が溢れる。俺は、死ぬのか?情けねぇ、こんなところで…。瞼が重くなる。漸く聞こえた皆の声も遠退いていく。ああ、何も見えない。

だけどどこか少し安心している。ああ、やっと終わるのだ。情けないという思いはありながらも、まだ死にたくないとは思わない。今までに感じたことのないほどの安堵。俺は、やっと死ねる。何て幸せな───


ガタンッ!


「!」

バラ…と紙が落ちる。カーテンを靡かせ、心地よい風が入ってくる。ああ、俺眠ってしまったのか。今は…あ、テストの採点!

「やべっ」

慌てて床に散乱したプリントを拾う。仕事中に寝るなんて、何やってんだ俺!
椅子に座り直して、ふう、とため息を吐いた。

あー、何か目覚め悪ィ。汗かいてるし。何か夢見てた気ィするけど……そうだ、俺が、死ぬ夢。


「せんせー」
「ん、坂田!?
お前、何で、今日日曜だぞ」
「先生に会いに戻ってきたんだよ」
「俺に?」
「そう」
「何で?」
「あー、えっと、ん」
「?」


しゃがんで坂田と目を合わせる。
ずっと後ろに組んでいた両手を目の前に出された。その手に握られているのは…カーネーション?


「え?」
「先生に」
「さ、サンキュー。でも、何で…?」
「んだよ知らねぇの、先生のくせに」
「あ?」
「今日は何の日ですか、土方くん」
「土方“先生”な!
今日…5月11日……」
「あー、もう。
母の日ですよ、コノヤロー」


母の日…?そうだったっけか。
でも、何で俺に?

顔を真っ赤にして視線を逸らす坂田は至って真剣だ。

すると、ドタバタと騒がしい音が廊下から聞こえ、教室に勢いよく人が押し込んでくる。


「銀時てめぇフライングだぞ!」
「お前がおせぇんだよチビ杉」
「んだとこら!!」
「ふ、二人ともやめて下さい、
土方先生が困ってるじゃないですか!」
「土方コノヤロー何ぼーっとしてんだよ
(土方せんせーぼうっとしてどうしたんですかィ)」 
「沖田くん本音と建前が逆だよ…」
「うるせぇ地味ザキ」
「土方先生馬鹿どもがすみません」
「「てめぇにゃ言われたくねぇヅラ!」」
「十四郎せんせ、こんな奴らほっといて俺とどっか行こ?」
「む、そうはさせないでござる」
「邪魔しないでよ、サングラスのおにーさん」
「チャイナ風情に土方先生は渡さないでござる」
「み、皆さん喧嘩しないで下さい!
土方先生に渡せなくなっちゃいますよ!」


志村の声でハッとして喧嘩を宥める。どうにかこうにか収まって、せーの、の声で全員が俺に真っ赤なカーネーションを一輪ずつ差し出した。


「「いつもありがとう」」


『大好き』と、それぞれの言い方で、それぞれの笑顔で。
小さな花束のようになったカーネーションを抱えて、熱いものがこみ上げてくるのを隠すために少し俯いて、俺は笑った。


「ありがとう、…」


心臓が動いてる。ああ、生きててよかった。
さっき見ていた夢を思い出して震える。この感情は、紛れもない“恐怖”。それに気がついて、俺はまた小さく笑った。

死ぬのが怖い、なんて。俺は、幸せ者だ───


5月11日
(ありがとうと伝える日)


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