その他

□いつかのどこかであったあの日のこと
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いつ、どこであったのか、そもそも本当に起こったことなのか。
不確かな記憶というものは誰しもが持っていて、また、それを思い出すのは難しい。

しかし、かと思えば、フとした瞬間に思い出すこともある。
例えばデジャヴに出会したとき──。


「おはよう、トシ。
どうした、今日は珍しくゆっくりだな」
「ああ、ちょっと昔の…」


昔の?
昔の出来事だったろうか。単なる俺の夢ではないのか。
そもそも、どんな夢だったろうか。

気の抜けるほど穏やかな天気のなかで、何か懐かしい夢を見ていた気がする。だが、具体的に思い出すことはできない。


「まあ、こんないい天気で、しかもトシ今日は休みだろ?
ゆっくりして疲れでも癒してきたらどうだ」
「ん、そうするわ」


確かにここの所小さな事件が多発していて忙しかった。
ここで休むのもたまには必要だろう。近藤さんも勧めてくれてるし。

俺は日常の騒がしさを忘れられるどこか静かなところに行こうと屯所を出た。


「まずはどっかで朝飯食うか」


馴染みの店が良いか、それとも行ったことねぇとこに行くか。思考を巡らせながら穏やかで人気の少ない河原を歩く。


「お兄さん」
「?」


俺のことか?他に人は居ない。
振り返ると、この晴天にも関わらず傘をさしている餓鬼が居た。

年は…総悟と同じくらいだろうか。
白い肌とオレンジの髪、青い目。どこかで見たような顔をしている。


「やあ」
「…誰だ」
「あり、覚えてないの?残念だな。
まあ、仕方ないか」
「え?」
「俺、神威っていうんだ。
色な星を転々として、遙々地球にやってきたんだ」
「…土方十四郎だ」
「うん、お兄さん…十四郎に会いに来たんだ」
「は」


ぐう、と相手の腹が鳴る。
笑顔のまま何か食べたいと言って俺の手を引っ張っていく。

何すんだと言うと一緒に朝飯を食おうと言う。
訳が分からない。そもそも、コイツは何で俺を知ってるんだ。

いや、本当に知っているという証拠はない。俺を騙そうとしている可能性は十分にある。真意の読みとれない笑顔。…危険だ。
そう判断した俺は、手を振りほどく。


「十四郎?」
「悪ィが、知らねぇやつと飯を食う気はねぇ」
「知らないやつじゃないでしょ?
今、名乗ったよ」
「そうじゃなく…」
「警戒してるの?
もしかして俺が怪しいやつだと思ってる?

安心して、十四郎のことは傷つけたりしないよ」
「なっ…」
「さ、行こう」


腕を引かれたと思ったら、片手で抱き上げられる。神威に捕まって何とか落ちずに済むが、姫だっこのようで恥ずかしい。


「ちょ、降ろせ!」
「やだ、また逃げちゃったら困るもん」
「逃げねぇから、っ、神威、降ろせ!」
「あ、今神威って呼んだ。
嬉しいから降ろしてあげる」


それでも手は握られ、自由はきかない。だが、今のところ殺気は感じられないし、下手に逃げようとした方が危ない。何より俺も腹が減った。やっぱりまずは朝飯を食おう。


「十四郎はどこに行こうとしてたの?」
「別に…どっかで適当に朝飯食おうと思って」
「じゃあ何でもいいんだね?食べるの」
「ああ」
「じゃあ俺あれ食べたい、すしっていうやつ」
「寿司?朝っぱらから…まあ、いいか。
俺も最近食ってなかったし」
「じゃあ案内してよ」
「あー…」


この辺の寿司屋は…。
コイツは恐らくあっちの方が喜ぶだろう。

俺は回転寿司の中で一番美味いと思う店へ連れて行った。


「わあ、すごい!
流れてる、何あれ??」
「食いてぇやつ取るんだ、こうやって。
で、これに醤油を少し付けて、食う。取った皿は元に戻すなよ」


予想通り、回転寿司に少し興味を持ったみてぇだ。
笑顔で目をきらきらさせて美味しそうにほおばる。この無邪気な表情は、ただの餓鬼にしか見えねぇ。

総悟よりよっぽどかわいげがあっていいな。


「やっぱり地球のご飯は美味しいね」
「そうか、よかったな。
ん、茶」
「ありがとう」


────────────────────────…


「…おい、神威。
お前金持ってんのか」


たっぷり食べ満足気な顔で茶を啜る神威の周りに積まさっている大量の皿。テーブルに乗りきらず、床に積んだ皿は俺らの座高ほどになっている。一体何皿食ったのか何て、考えたくもない。


「うん、大丈夫。阿伏兎からたっぷりもらってきたから。
十四郎の分も払おうか?」
「いや、いい」


あぶと?誰だ、それ。
気にはなったが何となく聞かないでおいた。

会計に行くと回転寿司では到底見ることのない値段を告げられる。神威は平然と懐から明らかに多すぎる金を出した。地球の金に慣れていないんだろう。俺が適当な額を数え、残りは神威に返してやった。


「次はどこに行くの?」
「そうだな…映画…は今観るべきじゃねぇし…」


ちらりと横を見ると傘をさし直してにこりと笑いかけてくる神威、しっかりと握られた手。逃げられない。

まあ、今のところ、無邪気な餓鬼だ。


「神威、お前何かしてぇことないのか?
せっかく地球に来たんだ」
「俺は十四郎と居れればそれでいいよ」
「へ…」


真剣にそう言われ、脳に言葉が届くまで少し時間がかかった。理解した瞬間、顔が赤くなるのを感じる。誤魔化すために顔を背けて頭をかく。


「じゃあ適当に散歩するか。
気になった店とかあったら教えろよ」
「うん」


とは言いつつも、コイツが喜びそうな場所や店を頭の中で探す。さっきの寿司屋での話を思い出す限り、コイツは食べることと戦うことが好きらしい。

戦うっつうのが警察としては引っかかるところだが…。


「あ、十四郎、俺あそこ行きたい」
「電気屋?いいけど、お前そんなの興味あんのか?」
「ちょっとほしいものがあって。十四郎はここで待ってて?」
「ん」


壁に寄りかかって煙草を吸う。
神威の喜びそうな所な──食い物はさっき食ったばかりだが、もしかしてまだ食えるんだろうか。

いや、待て俺。このまま今日一日あいつと一緒に居るつもりか?今なら逃げれる。いや、でもそんなに悪い奴なのか?そうだ、神威の正体を知るべきだ。ゆっくり、警戒させずに話せる場所は…。


「あれ、土方?
何やってんのこんなとこで」
「別に、てめぇに話す必要はねぇ」
「うわ、冷たいな相変わらず」
「うっせぇ」
「ひょっとして今暇?
何なら銀さんと…」
「十四郎、お待たせ。行こう」


何かを買ったらしいが、ポケットかなんかにしまっているらしく袋は持っていない。つうか、こいつ万事屋に気づいていない。俺の手を掴んでさっさと歩いていく。

ちょうどよかった。あいつと関わっても面倒なだけだからな。


「誰だあいつ。
土方の手握りやがって」


────────────────────────────…


「十四郎あれ何?」
「ん?ああ、クレープだな」
「美味しいの?」
「食べたことねぇ。
甘いの好きじゃねぇんだ」
「ふぅん。一緒に食べてみようよ」


メニューを見ると甘くない奴もある。マヨネーズのかかっているものを見つけたのでそれにさした。


「んー、甘い」
「甘いもん好きか?」
「普段はあんまり食べないけど、食べ物は何でも好きだよ」
「そうか」
「十四郎それ、マヨネーズかけ過ぎじゃない?」
「いいんだ、これで。
つうか、お前マヨ知ってんのか?」
「十四郎が教えてくれたんだよ。
それ、一口ちょうだい」
「ん」


マヨネーズを大量にかけたためマヨごとクレープに噛みついた神威の鼻にマヨが付いた。無邪気なその姿が餓鬼っぽくてかわいいと思う。

俺の周りにいるコイツと同じ年頃の総悟や志村妙、メガネにチャイナ…どいつも、年相応のかわいらしさがない。それに比べてこいつは、楽しそうだし、美味そうに食うし、笑顔だし。


「美味しいね」
「そうか、よかった」
「十四郎も食べる?こっち」


せっかくなので一口もらうことにした。…甘い。


「!何…」
「へへ、十四郎クリーム付いててかわいいから」


カメラから写真がでてくる。なるほど、さっきはそれを買ったのか。懐かしいな、ポライドカメラなんて。まだ売ってたのか。いや、最近は新しいやつがテレビでCMをやっていたな。それか?

って俺!いいのかよ!?こんな名前しか知らねぇやつに写真何か撮られて。まあ、いいか。マヨ好きだったし、悪い奴じゃねぇ気がする、うん。万が一敵だったときは斬ればいい。


「お前もマヨ付いてるぞ」


互いに顔に付いてるものを取ってやる。神威は何の躊躇いもなく手に付いたやつを嘗めた。俺もつられて嘗める。何か、懐かしい気がするな、こういうの。


「次は何食べようかなー」
「まだ食うのかよ!?」
「だってせっかく地球に来たんだよ?
次いつ来れるかわからないし、いっぱい食べておかないと」
「そういえば、何で地球に来たんだ?」
「だから、十四郎に会いに来たんだ。
本当に覚えてないんだね」
「…」
「まあ、一応仕事もあるんだけどネ」
「仕事?」
「あ、そうだ。
十四郎、お土産…三十過ぎのおっさんが喜びそうな地球のものって何かな?」
「それなら、酒だな。日本酒とか、焼酎とか」
「ふうん、やっぱり酒か。俺はあんまり興味ないけど」
「家族への土産か?」
「うんうん、違うよ。
帰ったら怒られそうだからネ」


頭の中でいい酒屋を考える。ここからは少し距離があるが、あそこだろう。

「少し歩くぞ」
「うん」


楽しそうにしているが、傘を手放さないのが気になる。そういえば、あの海坊主もそうだったな…あと、チャイナ。ああ、そうか。どこかで見たことある顔だと思ったらチャイナに似てるんだ。もしかして、神威も夜兎なのか?だとしたら、チャイナみてぇな感じではないだろう。じゃあ、海坊主みてぇにエイリアン狩りでもしてんのか?それなら戦うことっつうのも納得だ。

なら、やっぱり悪い奴じゃねぇな。


「あれ食べよう」


言って、アイスクリームを買いに行く。夜兎ってのは、こんなに大食いなのか?

何段重ねなのか見当も付かないアイスクリームを食べている。美味そうに食ってるから、よしとするか。
だが、このままだとアイスクリームを落としそうだ。どっかに座るか…。


「神威、あそこ座るぞ」
「うん」


適当に公園に入りベンチに座る。もう正午だ。酒を買ったら昼飯を食おう。何が良い?神威はさっきから甘いもんばっかり食ってるから、何かしょっぱい…ああ、あと腹にたまるやつにしよう。そうなると肉か?

焼き肉…焼き鳥…ああ、すき焼きもいいな。


「十四郎、はい」
「ん、サンキュー」


あえてあまり甘くないやつを俺にくれたらしい。何だこいつ、意外と気ィ利く優しい奴だな。総悟にも見習ってほしいもんだ。

カメラのシャッター音が聞こえる。俺を撮って楽しいだろうか?そもそも、神威はどうして俺なんかに懐いているんだ?こいつが言うには、俺らは昔、会ったことがあるらしいが。


「よし、行こう、十四郎」
「あ、おう」


いつもの喧騒とはかけ離れた、穏やかな休日。何かがひっかかる一方で、ぐちゃぐちゃに絡み合った記憶の糸は、なかなか解けずにいる。


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