その他

□チューベローズ
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「遅かったじゃねぇか、土方」


窓に凭れて煙管を吹かす。月の大きく綺麗な妖しい夜に、黒い影がふたつ。
呼ばれて、上着を脱ぎつつ近寄る。隻眼の彼は、今日は機嫌が良いようだ。


「悪かったな、不穏分子の処分をしてたんだよ、鬼兵隊のな」
「俺の指示じゃねぇな」


この男はそういった細かいことは指示しないから、恐らく本当にそうなのだろう。しかし仕事を増やされた土方は不機嫌だ。


「今日はナシだな」
「駄目だ」


強引に引き寄せキスをする。馴れた手つきで服を脱がしてスカーフで土方の手を縛る。言葉通り貪るように吸い付き下へと移る。赤い痕を残しながら手は動きを止めない。甘い声を漏らしながら頭を何とか引き剥がし、挑発するような目でゆっくりと言葉を紡ぐ。


「あんまりがっつくな…ゆっくり楽しもうぜ?」


───────────────────────…


「ちょ、ん、そこばっかっ…桂ぁ」


よく晴れた昼時のある宿で交わる二人。長髪の男が土方の背中をなぞる。
それに合わせて反り甲高い声が出る。いつもの威厳など少しも感じられない潤んだ瞳に赤い頬。夢中に動かしていた腰と手を止め抜き、耳元で低い声を出す。


「また痕を付けて来おって…、相手はどいつだ?」


土方は楽しそうに笑って、抱きつき首筋を舐めると耳を甘噛みする。怒りや嫉妬よりも色気にくらりと飲み込まれていく、土方のペースに乗せられていく。長髪の男はわかっていても再び手を動かし噛みつくようなキスをする。


「早くシよ?」


──────────────────────────…


「久しぶりじゃねぇか」
「江戸にいるとは、珍しいものだな」
「クク…お前に話があってな」
「俺に?」


狭い路地裏で互いの顔を見ずに話す。ふう、と紫煙を吐き出すと隻眼の男は続けた。


「あんまり土方に深入りするのは止めとけ。
彼奴は誰か一人になんざ留まらねぇよ」
「やはりお前もか」
「なに、抱くなとは言わねぇよ。生憎俺のもんでもねぇ。
だが、彼奴にハマると抜け出せねぇぜ」
「…もう手遅れだな」


自嘲気味に長髪の男は笑った。最初は情報のためと腰を振った彼も、今ではその行為そのものを楽しんでいるように思える。自分のものにしようとしても留まりはしない、猫のようなあの男。それに群がる男は数知れず。


「話はそれだけか、俺は行くぞ」
「銀髪の侍」


ぴたりと足を止める。喉を鳴らして笑う男に視線で先を諭す。


「次の標的だ、土方の」
「どうして、彼奴と関係を持ってもメリットはないはずだぞ」
「さあな、気まぐれな姫さんの考えは皆目見当もつかねぇ」


バレれば危ない。いつ土方に裏切られるとも知れない。情報だって土方が気まぐれに流してくれるかどうかわからない。こちらにメリットなど、ないも等しい。それでも懲りずに会うのは、魅せられ文字通り虜になってしまったからか。

自分のものにならないならせめて、その中で一番になりたい。銀髪のあの男が来れば、相当の脅威になるだろう。

いつの間にか煙すらもなくなったその場所で、一人立ち尽くす。そして足を踏み出した。
魅せられるであろう、旧友に会いに。ライバルを抑えるために。


危険な香りを纏わせた禁忌な存在


一度味わえば、虜となり止められない


                   嗚呼、火が燃える


欲望のままに妖しく燃え上がり、消えることのない──


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