沖×

□それは鯉のぼりが空を泳ぐ頃
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 よく晴れたのどかな昼下がり。
 珍しく静かな屯所の縁側に座って、土方は空を仰いだ。そこには鯉のぼりがゆらゆらと泳いでいる。

 ああ、今年もそんな時期が来たのか──


「トシ、鯉のぼりがそんなに珍しいか?」
「いや、そういうわけじゃねぇんだ」

 道場の庭に飾られた鯉のぼりをぼんやり見ている土方の隣に近藤が腰を下ろした。
 土方も当初は近寄れば斬られそうな雰囲気を放っていたが、今では随分と近藤を慕っている。

「じゃあ何か思い入れがあるのか?」
「ああ。…兄貴が、よく祝ってくれたんだ。俺に兜を被せて、鯉のぼり飾って、そして二人でよく柏餅を食って笑ってた」
「為五郎さんはやっぱりいいお兄さんだな」
「ああ」
「そう言やあトシは誕生日いつなんだ?道場で宴会でも開こう」

 訊かれて、土方は少しばかり戸惑う。けれどそう言った近藤の笑顔といつの日かの兄が重なって、少し笑って。

「兄貴にも訊かれたよ、鯉のぼり見ながら」

 そう言って昔を懐かしむように視線を下に落とした。近藤は何となくそこに深く触れてはいけない気がして、ただ鯉のぼりを見つめた。実のところ、近藤も土方の兄や過去については詳しく聞かされていないのだ。ただ妾の子だった自分を母親が亡くなった後親代わりとなって育ててくれた兄、為五郎が居て、あの一件から家を出たと。それだけ以前聞いたことがあった。
 ただ、酔ったとき稀に為五郎の話をする土方の顔が優しいから、兄には本当に懐いていたのだろう。近藤には為五郎が何処にいるのか、そもそも生きているのかは、わからないが。土方が幸せそうならばそれでいいと思った。
「…鯉のぼりが空を泳ぐ頃」
「ん?」
「十四郎が生まれたのは鯉のぼりが空を泳ぐ頃、そう言っていたよ、母親が。正確な日付はわからねぇ」
「それなら、トシの誕生祝いは今日する事にしよう!5月5日、こどもの日。それがお前の誕生日だ、トシ」

 力強く言った近藤に反して土方はぽかんとした顔をして。そして少しの間の後、ぷは、と吹き出して笑ったのだ。

「え、何?何?俺なんか変なこと言った!?」
「いや、くくっ、そうじゃねぇ…はははっ」
「?」

 数年前為五郎に訊かれたときも同じ答えをして、そして同じことを言われたのを思って土方は笑った。俺の誕生日はきっとこの日に違いないのだ。

「じゃあ今晩はさっそく宴だな!俺準備してくる!」

 そう言って止める間もなくどたどた駆けていった近藤に取り残されて、土方は一人稽古に励むことにした。

 そうして日も暮れて、沖田を迎えにミツバがやってきた。土方は今呼ぶから待っているよう言って、珍しく道場に居なかったの沖田を探した。

「沖田先輩、こんな所に居たんスか。迎えが来てますよ」
「…」
「…おい」

 いつもなら大好きな姉の元へさっさと走っていくのに、今日はどうしたものだかうんともすんとも言わない。土方は不思議に思って顔を覗き込むと、拗ねていて、だが少し泣きそうな顔をしていた。

「どうした?」
「…知らなかった」
「え?」
「お前、誕生日…」
「…ああ」

 つまり、お前の誕生日を知らなかったと、沖田は言いたいのだ。土方は理解したが、今度は何故そんなに拗ねているのかわからない。自分のことを嫌っているのだから、そんなことどうてもいいだろうに。土方は首を傾げた。

「近藤さん達は、今日宴会開って言ってた」

 土方は少し考えてからこう解釈した。自分だけ知らず、宴会にも参加できず、何も用意できないのが悔しいと。なるほどコイツは、そんなことまで競うのか。と。
 土方はぽんと頭を撫でてやる。

「別に大したことじゃねぇよ。俺も気にしない」

 こう言って土方は慰めたつもりだったが、何故か沖田はより一層機嫌を悪くした。土方にはさっぱり意味が分からない。
 しかしこの反応を見るに、何とか祝いたいのだろうかと思った土方は、沖田が大事そうに両手で抱えている重箱に目がいく。

「じゃあ、これ貰う」

 ひょい、と重箱の中からひとつ、柏餅を取り出して口に入れた。あんこの類はあまり得意ではないが、ひとつくらいなら土方もなんてことはない。
 指に付いたあんこまでぺろりと舐めて、軽く笑った。

「誕生日プレゼント、ありがとう」

 きょとんとした沖田は直ぐに笑顔になり、笑顔になったと思ったらふいと顔を背けて、有り難く思えよ!と言い残しミツバの元に駆けていった。

 その背中を見送って、土方はくすりと笑った。
 案外、かわいいところあるじゃねぇか。


「トシ、ちょっといいか」

 空を泳ぐ鯉のぼりを見上げていた土方に近藤が声をかけた。煙草を消して土方が返事をし立ち上がる。

「鯉のぼりを見てたのか」
「ああ、もうそんな時期かと思ってな」
「ははっ、懐かしいな」

 鯉のぼりを見て近藤も同じことを思い出したのだろう。二人で笑い合って広間に向かう。
 あれから何回も、土方はこの日を祝われてきた。近藤をはじめとした道場の仲間に、今は真選組の仲間に。そして今も昔も、沖田に。

 今年も沖田は数週間前からあまり自分の元に来なかったな、と土方は思い返す。この季節になると毎年そうなのだ。そして、偶然手に入ったと言って、毎年土方の喜びそうな物を渡す。存外わかりやすい奴だと思い土方は笑った。

「どうした?」
「いや、何でもねぇ」

 きっと今年も、広間の戸を開いたら隊士達が集まっていて、近藤の一言で宴会が始まるのだろう。そして今年も沖田は、偶然手に入ったと言いながら、何週間も考えて決めたプレゼントを素っ気なく渡してくるのだろう。

「案外、かわいいところあるじゃねぇか」

 そして土方は思うのだ。
 自分の誕生日は5月5日、こどもの日に違いないのだ、と。


-fin-
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