沖×

□花たばこ
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ある日、道場に野良猫のように転がり込んできた奴が居る

姉上も近藤さんもそいつを気に入って、
俺の居場所は小さくなった

そんな、気に食わない奴

そいつの名前は、ヒジカタというらしい


「姉上、大丈夫ですかっ?」
「ええ、大丈夫よ、そーちゃん
心配かけてごめんなさいね」


姉上は苦しそうに咳き込みながら、優しく笑った

ズキズキと、胸が痛む

今日は近藤さんに休んでいいと言われた
夕方には来てくれるらしい


「沖田先輩、おはようございます」
「ひ、土方!?
何しに来たんでィ!」
「十四郎さん、ゲホッゲホッ…、
こんな格好で、ごめんなさい」
「飯届けに来ただけだ」


お前も食ってないんだろ、と生意気に盆を渡してくる

姉上には雑炊を持ってきたようだ

─悔しいが、確かに俺では作れない


「タバスコを…」
「姉上!いけません、体に障ります」
「大丈夫よ、そーちゃん
辛いものを食べた方が元気がでるもの」
「止めとけ、これだけで十分旨い」
「十四郎さん…」
「姉上、どうぞ」


少し冷ましてから口元にレンゲを持って行くと、姉上は嬉しそうに食べてくれた

タバスコをかけずに完食してくれ、穏やかに眠っている


「何してんでィ、用が済んだらさっさと帰りやがれ」
「近藤さんが来るまでは居る」
「はあ?」
「お前一人の時に何かあったらどうする」
「そ、そんなのお前が居なくたって!」
「冗談だ、ほれ」
「?」
「今日道場来れなかったんだ、練習」


素振り用の木も持ってきていたらしい
暇潰しには、助かった、…癪だが


「土方ァお前もやるぞ」
「うす、沖田先輩」


相変わらず棒読みなのがムカつくが、
それでも一緒にやるらしい

姉上の様子を見ながら、埃が立たないよう、静かに素振りを行った


──────────────…


「姉上、夕飯を持ってきました」
「ありがとう、そーちゃん」


卵粥をレンゲで一口掬って、ふーふーと息を吹きかける

どうぞ、と口元まで運ぶ、美味しいと食べてくれる
悲しい、けれど幸せで、胸が少し苦しい一時


「ゴホッゴホッ
そーちゃん、十四郎さんは?」
「今皿洗いしてます」


少しムッとする

彼奴の名前が姉上の口から出るのが堪らなく嫌だった


「ゴホッゴホッゲホッ」
「姉上!大丈夫ですか」


慌てて背中を摩る

姉上は笑おうとしたが、咳が止まらない
いつにも増して、酷い咳


「姉上っ」


止まらない、姉上が苦しそうに胸元を押さえる
何もできない、俺はこんなときに、何も

姉上がこのまま死んでしまったら?

嫌だ、嫌だっ、姉上──


「ミツバさん!総悟!」
「近藤さんっ、姉上が」
「水を持ってきてくれ、総悟!」


足が動かない、何を言ってるかわからない
目の前の苦しそうな姉上と、その声

どうしよう、どうしよう…!


「しっかりしろ、餓鬼」
「!」
「近藤さん、水とタオルだ」
「おお、トシ、ありがとう」


近藤さんが医者を呼んでくれ、俺はその間外へ出され、何故か土方も俺の後ろにいた

その後姉上は落ち着き、次の日にはいつも通りに笑っていた

それでも、


「総悟、一緒に川へ行こうか!」
「すみません、俺は留守番してやす」
「じゃあ、昼飯は何がいい?」
「今日はいいです」
「総悟…」


近藤さんは心配してくれたが、それが余計に不安になった

姉上はもう長くないのではないか、と

姉上が居なくなったら、俺はどうなるのだろう

道場の縁側に座ると、周りに人は居なくて嫌に静かだ
何となく、姉上が居なくなったら近藤さん達との関わりまでなくなってしまいそうな気がする

姉上が居ない世界

それだけでも、堪えられないのに
その世界にたった1人残されたら、俺は


「いって!」
「うす、沖田先輩
お手合わせよろしくお願いします」
「テメ、土方何すんでィ!」
「何度声をかけても反応がなかったんで」
「…マジでか」
「嘘です」
「はあ?!」
「声をかけるのが面倒だったので」
「…ボロッボロにしてやる」


竹刀を持って戦う

手加減なんてしない、全力で竹刀を振る


結局俺達は日が暮れるまでそうしていた


「トシ、総悟、飯だぞー!」


疲れ切ってだらだら向かうと姉上が居た


「姉上!」
「今日は皆さんに栗ご飯を作ってきたの
いっぱい食べてね」


道場の夕飯に姉上が居るなんてことは珍しくないのだが、
俺は昨日の今日でとても驚いた


「姉上、もう大丈夫なんですか?」
「ええ、この通り、とっても元気よ
ごめんなさいね、昨日は、ただの風邪だったのよ」


俺達は大賑わいしながら栗ご飯を食べた

近藤さん達は酒を飲みながら、
姉上はご飯にタバスコをかけて、
土方も一人でマヨネーズをかけて、
俺は幸せそうな姉上の隣で


「姉上、とっても美味しいです!」
「そう、よかったわ
栗を見るとね、そーちゃんを思い出すのよ」
「どうしてですか?」
「栗の色は、そーちゃんの髪の毛の色に似ているでしょう?」


姉上は微笑んで俺の髪を優しく梳く

俺は嬉しくなって、上機嫌になりながら姉上に言った


「じゃあ姉上の髪の色も栗色ですね!」
「ふふ、そうね
同じね、私とそーちゃんと、栗の色」
「同じですね、僕と姉上と、栗の色!」


その日食べた栗ご飯がとても美味しかったのを、今でも覚えている


ずっとこのまま時が止まればいい、ずっとこのまま──


「…、ご、そ…ご、そうご、総悟!」


目を覚ますと、土方さんと近藤さんが俺の顔を覗き込んでいた


「あれ、土方さん、近藤さん
どうしたんですかィ?」
「どうもこうも夕飯の時間だ」
「大丈夫か?総悟
涙が…」
「へぇ、大丈夫でさァ
近藤さんが夢の中で姐さんと結婚しましてね、感動のあまり、つい」
「総悟…!
そこまで俺とお妙さんのことを!」
「それじゃ、行きやしょう」


何かの夢を見ていた気がする
懐かしくて、幸せなような、悲しいような、そんな夢

しかし、思い出せない

食堂へ着くと、この季節ならではのメニューが


「おー!今日は栗ご飯か!
秋だなあ」


ドクン、と心臓が、脳が、脈打つ
確か、さっきの夢に──

『同じね、私とそーちゃんと、栗の色』


「今日は良い酒もあるし、盛り上がるなー!」


ざわざわとした声、でも何故だか、
今この瞬間の音ではないように思える

『同じですね、僕と姉上と、』


「栗の色…」
「あれ、総悟、どこ行くんだ?」
「ちょっと、厠に」


どて、と廊下の曲がり角に座り込む

何だと言うのか、あんなことくらい
昔が重なる瞬間なんて、多々あるというのに


「…煙たい」
「じゃあ他行け」
「先に居たのは俺でさァ
アンタが他行きなせェ」
「面倒い」


ああ、そうだ
あの時もそうだった

姉上が医者に見てもらってる間、
俺が泣いてるのを見られるのが嫌でどっか行けと言っても面倒いの一言


「大丈夫だろ」
『大丈夫だろ』

「…何が」
『…何が』

『明日にはいつもの笑顔があるさ』
「彼奴等のいつもの笑顔があるさ」


昔と同じようで、全然違う
“今の”俺達の笑顔と馬鹿騒ぎ

ただ同じなのは、今もアンタは俺を餓鬼扱いして、傍にいること

近藤さんに土方さん、真選組
俺の居場所がちゃんとあること


「…何言ってんでィ、土方
訳わかんねぇや」
「そうか
てっきり昔を懐かしんでんのかと思ったが」
「んなわけねぇだろィ
腹減った、俺は先に戻りまさァ」
「ふん、昔の方がまだ可愛気があったな」
「頭沸いてんですかィ
気持ち悪ィ死ね土方」


食堂では既にどんちゃん騒ぎ
俺も酒を飲んで飯を食う

嗚呼、あの頃と同じで、あの頃と全てが違う

皆が騒いで、酒を飲んで、笑っている
近藤さん達は酒を飲んで、
土方さんは飯にマヨネーズをかけて、
俺は

俺は…


「総悟!お前も飲むか、旨いぞこの焼酎!」
「流石とっつぁんからの貰い物ですねィ」


俺は、色んな笑顔の中で
むさ苦しいけど、悪くない


「同じですね、姉上」
「ん、何か言ったか総悟?」
「何でもありやせん
ザキ、飯持って来い」
「俺まだ飲んでない…」
「持って来い」
「ひっ!た、ただいま!」


そう言えば、俺はあの時、土方さんに何と言ったか


『明日にはいつもの笑顔があるさ』
『お前は笑わねぇくせに』
『何だよ、笑って欲しいのか』
『んなわけねぇだろィ』
『はっ、可愛いくねぇ餓鬼』
『誰が餓鬼でィ!
…俺が』
『あ?』


『俺がお前を笑わせてやらァ』
「何見てんだよ、総悟」
「いや、変な…」


悪態吐こうとして、止めた

土方さんは不思議そうに首を傾げている


「いや、笑わねぇな、と思いやして」
「は?」


山崎が栗ご飯を持ってくる

それを見て、土方さんと俺はまた目が合い、吹き出した


嗚呼、変わってるようで変わってなくて、

やっぱり変わってる


姉上、同じですね


姉弟揃ってこんな男に惚れるなんて


おわり
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