銀×

□月下美人
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────────────────────────────…


「へぇ、花って夜も咲くんだ」


随分早く到着しすぎて暇を持て余し、緊張を何とか沈め気持ちを落ち着かせると、昨夜は全く気がつかなかった白い花が目に入る。昨日も咲いてたのか?
見上げた月は今日もまた美しく輝いている。

からんころん、と遠くから音が聞こえてくる。見ると、人影がぼんやりと闇の中に浮かんできている。


「っあ、銀時さん!
すみません、遅れてしまって…まだ待っていて下さったんですね」
「え?そんなに時間経ってた!?
早く来すぎて今が何時かあんまりわかってないんだけど」
「え?ああ…ふふっ」


──あ、

昨日よりずっと、砕けた笑い方。口元に袖を当てて静かに笑うのは相変わらず艶めかしいけど、でも、気のせいだろうか、少しだけ、距離が近くなった気がする。
何というか、飾らない、演技じゃない、少しでも、素の部分が。


「今は、もう少しで丑の刻になってしまうんですよ」
「そうだったの?」
「はい。すみません、その…
前の仕事が、押してしまって」
「いいよ、俺なんてどうせ、暇人だし」
「そんな、ふふ、お優しい方ですね」
「へ!あ、いや…」


ああ、おかしい。こんなの俺じゃない。女…いや、本当は男だけど、一人相手にこんな照れて、しどろもどろ。どんだけ惚れ込んでんだ、この人に。


「それで、あの実は…」
「ん?」
「丑の刻には、店に戻らないといけないんです」
「ってことは?」
「…もう戻らないと」
「もう帰っちゃうの!?」
「すみません、本当に」
「まあ、数分会うだけでも本当は金が要るんだもんな。
仕方ねぇ、本当は客のとこに何か行かせたくねぇけど、俺にゃどうしようもねぇからな。

そのかわり、」
「え?」
「また、明日も会える?」


綺麗な瞳に俺が映る。俺をちゃんと見てくれていることに優越感を感じながら、顔は自然と緩む。相手の白い頬がほんのり色づいているのは自惚れだろうか。

潤んだような瞳をゆっくり閉じるから、そのままキスできるかも、なんて変な期待をしてると、小さく小さく、一回だけ頷いてくれた。会ってくれるんだ、また。


「あの、じゃあまた、子の刻に」
「おう!」
「銀時さん、すみません…」
「ああ、銀さんでいいよ、皆そう呼ぶから」
「それじゃあ、銀さん、
今日のところはすみません、また明日」
「ああ、またね!」


急ぎ足で去っていくのが昨日のイメージとは全然違って、抱き締めたくなった。待った時間に比べて会えた時間は本当に短かったけど、すげぇ満たされてる。

月がますます綺麗に見えるなんて、俺はなんて単純なやつだろう。


─────────────────────────────…


「銀さん」
「おう」
「またお待たせしてしまったんですね、すみません」
「俺が早すぎるだけだから」


二言三言話して何となく歩き出す。半歩後ろをついて歩いてくる。なるほど、男の“理想の女”が詰め込まれてるわけだ、そりゃ繁盛するわな。男を立てながら自分は控えめに、だけどしっかり芯の通った、自分のある凛としたひと。話せば話すほど、惹かれていく。

こいつと居る一刻というのは、あまりにも速く過ぎてしまう。こんな時間は、他にない。一緒に酒を飲んだら、さぞかし美味いだろう。


「なあ、酒、好き?」
「はい、好きですよ」


本当はこいつと飲む酒は、一杯だけですごい金が要るんだろう。だけど、許されるだろうか、この、綺麗な月に免じて。彼もまた、俺と同じようにこの時間を楽しんでくれていると、自惚れて。


「そろそろ戻らないと。
それではまた」
「おお、またな」


時間があるときは毎日会ってくれる。それって、少しはこいつも楽しんでくれてると、思っていいんだよな?

今日で会うのは三回目、少ない回数だが聞き上手なのか、するすると自分のことを話してしまい、距離はぐっと縮まっているように感じる。

俺は相手を見送ってから一人、月を見ながらのんびりと帰った。もうすでに、明日の夜が待ち遠しい。


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「悪ィ、待たせた!」
「銀さん!
いえ、大丈夫ですよ、珍しいですね」
「ああ、ちょっと仕事で」
「お仕事ですか。
そういえば、万事屋をされてるんでしたね」
「まあな」


会って今日で四回目、少し気がついたことがある。
俺と話していると楽しそうにしてくれている。これは自惚れじゃないはずだ。だが、時折、ふと悲しいような、苦しいような、そんな顔をする。本当に、一瞬だけで、見間違いかもしれないけれど。


「でも、何でも売るお店、ではなく、何でもするお店、なんですよね?」
「そう。報酬さえくれれば何でも。まあ、俺のできる範囲内でな」
「報酬さえくれれば何でも、ですか。
何だか、忍びみたいですね」
「それはちげぇな。
彼奴等は金で仕事を選ぶことも多いが、俺は自分の魂に従って選んでる。
無闇に命奪ったり盗んだりはしねぇよ。

まあ、知り合いにそうじゃない忍びもいるから一概には言えねぇけど」
「そうですか…そうですよね。
銀さんは、やっぱり心の綺麗な方です」


どうして君はそんなに切なく微笑むの?

会う度距離はぐっと近づいていくのに、俺はお前の素顔が見えない。

いつの間にか伸ばしていた手は、白い頬に触れて、
それに驚いた顔は不安に瞳を揺らしている。


「綺麗だよ」
「え…」
「この黒い髪も、この白い肌も」


俺の手はそのまま紅をひいてある唇をなぞる。
少しだけびくっと体を強ばらせて、だけど俺のことをじっと見つめている。
ああ、畜生、すげぇかわいい。


「この唇も青い瞳も」


堪らずぎゅっと抱き締める。一瞬抵抗して、でもそれは直ぐになくなった。体重全部、俺にかけていいのに。

俺は、頼りない?


「体のすべて、仕草一つ一つ、」


目を見つめる。頬が赤い。演技じゃない、素の表情だ。陰郎という商売としてでなく、今、一人の人間として、俺を見てくれている。


「心も、お前の存在すべてが、綺麗だ」


瞳が揺れる。何かを怖がっているような、期待しているような、悲しいような。
ねぇ、お前は今俺に何を望んでいるの?…わからないよ。

お前は今、何を思っている?

手をとろうとしたら、はっとした彼は俺の手を払いのけた。すみません、と消えそうな声で呟いて、そのまま、本当に消えるように、闇の中に見えなくなっていった。


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