山×

□白百合が天使の羽に変わる頃
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あれから何年の時が経ったのか

俺にはもう曖昧だった

だってあの存在がない世界に
一人、残されたのだから

今年は涼しく、過ごしやすい

ついこの間まで空を泳ぎ賑わせていた鯉のぼりもなくなり、
世間は日常へと戻り静かな時が流れる

梅雨入り前の穏やかな時期
別段何があるわけでもなく、平凡な毎日を送れるこの貴重な時が俺は嫌いじゃない

しゃがんで手を合わせる

線香の煙が漂う
独特の匂い、ゆらりと風に乗り、
やがて消えてゆく

それが何と無く悲しくて、虚しくて

今日はよく晴れている
涼しい風が頬を撫でる、心地よい


墓石に上から水をかけてやる
涼しいだろうか、なんて柄もなく考える

水をかけただけでも砂や葉は流され幾分か綺麗に見える

持ってきた雑巾を絞り拭いていく
やっぱり半年も来ないと汚れるな


綺麗に綺麗に磨いていけば、
太陽の光が当たってキラキラ光る

雑巾を洗って水を捨てる

水の零れる音、
命が零れるそれとは、似ても似つかない

数年前の今日、
目の前を飛び散った赤色

愛しい存在の、
愛しい命が零れる音、溢れた色

未だに目を瞑れば鮮明に浮かぶ光景、最期の表情

だからあれからは眠るのが嫌いだ

墓石の前に戻り、
今まで飾ってあった枯れ果てた花の代わりに

真っ白く綺麗に咲き誇る百合を飾る

白がよく映える、本当に、悲しいほど

俺は、今この世界に生きて居ないことになっている

真選組監察、山崎退
それはそれは膨大な数の国家機密やら攘夷側の機密やらを持っていて、

資料はもちろん、その情報は全て俺の頭の中に入っているのだ

幕府にとっても攘夷にとっても、
バラされてはまずいことが沢山

攘夷が勢力を増し幕府軍が追いやられ、
狙われたのはまず副長だった

幕府軍の残党が力を発揮できるのは、
他ならぬ副長の存在があったからだ

そして次に狙われたのは、俺だった

戦いの中で燃えたもの、
幕府の不利になり得るから故意に燃やしたもの

報告書や資料、機密はそうして殆どが処分された

しかしその情報を欲する奴は沢山いる
幕府を立て直すにしても今までの幕府の事情をよく知る必要があったし、

何より自分達のバラされてはならない秘密がある

俺は何度も死んだと噂された
それは策略でもあった

それでも存在がバレる時はある

5月11日、あの日

次々に倒れる仲間たち、
懸命に剣を降るあの人

あの人の背後に近寄る影に気づいた俺はそいつを斬った

その直後だった、
名前を呼ばれたと思うと、

貴方は倒れたのだ

愛しい命を零しながら

胸を貫通していた


そんな中で貴方は柄にもなく笑って言うのだ

逃げろ、山崎
お前は、生きろ

副長命令だ、と言われれば逆らう術なんてなくて

何度も貴方を呼んできつく抱きしめ涙でぐちゃぐちゃになって血に染まりながら

さいごにひとつ、キスをして

何をすればいいのかわからない
何処へ行けばいいのかわからない

ただ貴方の命令を守るため、俺は無我夢中で逃げて、生き延びた

貴方がくれた、存在しないはずの今だから
貴方に恥のない生き方をとここまで来たが

もう俺も、ここまでのようです


どさり、重たく落ちる
見上げた墓石は、まるでいつの日かの貴方のように俺を見下ろす

ねえ副長、会えたら褒めてくださいよ
俺頑張りました、貴方からの最期の命令、最後の任務

報告書は、貴方に会ってからでいいですか

嗚呼、目を瞑れば、
いつもの光景ではなく貴方のしかめっ面が浮かぶ

おい山崎、何サボってんだ、仕事しろっ!!

はは、こんな時まで怒らないで下さいよ
ちゃんと任務全うしたのに、酷いなあ

山崎、よくやった

そんな、柄にもない、
優しい言葉なんて

でも、嬉しいな

お前はよくやった、
もう休んでいいぞ

貴方ほど働いてないですけどね

目を開いてみると、
貴方は温かく、優しく笑っていた


山崎、俺の名を呼ぶ


はい、副長


俺は返事をして副長のもとへ駆け寄り膝をつく


山崎退、ただいま戻りました


白百合が天使の羽に変わる頃
(その時また、貴方に会えるから)


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