山×

□毒人参
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『いのち』というものの重さは、どれほどだろうか。

人によって、その重さは違うのだろうか。

俺は自分の命の重さなど、0に等しいと思っている。


「副長!」
「あ?」
「こ、今度の水曜日、副長オフですよね?」
「だったら何だ」
「俺も休みなんです!だから──」
「そうか、だが残念だったな、その日お前は仕事になった」
「え?」
「今度の水曜日、この料亭を張ってくれ。
鬼兵隊が来るはずだ」
「…はい」


鬼!この人鬼だよ!!
でも仕事に対する真剣さを知っているし、そんな大事な現場を任せてくれるのは誰より俺を信じているからだと自惚れなしに思うから。

それでも明らかにショックを受ける俺を横目で見ながらテンションを変えずに言葉が投げかけられる。


「代休として再来週の金曜を休みにしておいた。
因みに、俺も鬼兵隊の件で水曜は仕事だ。その代わり再来週の金曜は午後からオフだが」
「!副長…!」


感動して思わず副長の手をがったりと握る。
飲みに行く約束を取り付けることに成功した!これで水曜の張り込みも頑張れる!!


「いつまで手握ってんだ!さっさと仕事戻れっ!!」
「はいっ、行ってきます!」


俄然やる気になった俺はビシッと敬礼して巡回に向かう。

あーやばい、口元がにやけるー!!
くそ、幸せだ!何か原田にキモイとか言われたけど全然気にならない!


「隊士の誘いに乗るなんて珍しいですねィ。
アンタ山崎に甘すぎるんじゃありやせん?」
「別に、丁度暇だったから、それだけだ」
「…」
「ほら、てめぇもさっさと持ち場戻れ」
「自分の立場わかってんですかィ、土方さん」
「っ、わかってる」
「ならいいんでさァ。
くれぐれも忘れねぇように」


───────────────────────…


「山崎!てめぇ何でここに!?
ついてくんじゃねぇっつっただろ!!」
「すみません、いくら副長の言うことでもそれは聞けません。
こんな危険なところに一人で乗り込むなんて、アンタ死ぬつもりですか」
「他の奴を巻き込むわけにいかねぇんだよ。
だからお前も戻れ、山崎」
「嫌です!
副長、俺はアンタについていきます、俺の最後の時まで、ずっと」
「─好きにしろ」


山崎は嬉しそうに笑って返事をする。
刀を握り直して敵を斬る。

斬って、斬って、斬って。

自分は返り血でどんどん赤くなっていくのに、
一向に敵の数は減らない。


「くそっ」
「っ、副長!」


パァン、と銃声が響く。
俺は倒れた。全てがスローモーションの様に見えた。

俺はここで死ぬ。そう思った。
しかし、どくどくと血が流れたのは俺の体ではなく山崎で。


「馬鹿ってめぇ何で俺なんかを庇った!」
「ま、もりた…った、
お怪我は、ありませ、か」
「俺は大丈夫だ。
もういい、喋るな山崎、今救護を」
「ふくちょ、」
「もう、頼むから…もう話すな、山崎…頼むから死なないでくれ…」
「はは、ア、タらしくもな、い」
「副長命令だ、俺より先に死ぬなっ…!」
「ふくちょ、すみません、」
「何謝って」
「あ、ぃして───」


汗が流れる。気持ち悪い。


「ハァ、は、っ…はぁ、」


今のは、何だ、夢か。
くそ、ワイシャツが汗でくっつく。


「っ、山崎、水。
おい、やまざ──」
「ザキなら張り込み中でさァ」


ああ、そうだった。俺が行かせたんだ。

今は…午前2時を過ぎたところか。
仕事中だ、居眠りなんかするな、俺。


「土方さんは随分とザキがお気に入りなようで、
アイツもさぞ嬉しいでしょうに」
「何訳わかんねぇこと」
「だってそうでしょ、何かあれば直ぐに山崎、山崎って。
アンタは山崎以外頼れねぇんだ」
「総悟、お前何かおかしいぞ。
早く寝ろ、いつもなら寝てる時間だろ」
「俺じゃ居ても邪魔なだけですかィ」
「違う、そうじゃなくて」
「わかりやしたよ、丁度眠くなってきたところだったんでィ。
おやすみなせェ」
「ああ」
「あ、そうだ、土方さん。
アンタ、組命すぎやせんかィ。組を護るのも隊士を護るのも大層なことですけど、
────ほどほどにして下せェよ」
「…ああ、」


ピシャリと強く障子が閉められる。

総悟の言うことは、強ち間違いではない。
俺は山崎を頼りすぎてるし、山崎は俺に忠誠過ぎるし、従順だし、懐きすぎている。

それが、怖い。

山崎は俺のためなら迷わず命を差し出すだろう。
それが怖いのだ。

アイツが殺されたら、俺はどうなる?

前にアイツが言っていたことを思い出す。


「俺はあなたのためなら命だって捧げます。
この身は、あなたを守るためにあります。

そして、きっと俺はあなたより先に死にます。
だって、俺は自分が生きている限り守り続けますから。
だから、俺が生きている間はアンタは死にません」


電話が鳴る。


『副長、当たりです、鬼兵隊が──』
「…ああ、わかった、直ぐに行く」


電話を切って俺は出動命令を出した。


────────────────────────────


「副長!」
「山崎、よくやった」
「そ、そんな、恐縮です!」


俺の指示によって真選組と鬼兵隊は戦っている。
もちろん、俺と山崎も。


「山崎、前にお前言ったよな、お前の命俺に捧げるって」
「はい、言いました。
副長を守るためにある命だと思っています」


辺りを見渡す。真選組の人間は俺と山崎だけだ、が、これくらいなら問題なく倒せる。


「お前、俺より先に死ぬって言ったよな」
「言いましたね」
「俺を守って死ぬって言ったよな」
「はい、言いました」
「駄目だ、そんなの許さねぇ」
「そんな」


ざ、と鬼兵隊の人間が倒れる。一段落着いた。
向こうではまだ戦っているようだ、が。

近藤さんと総悟と俺が居る時点で最初から結末は決まっているのだ。

俺と山崎は背中合わせのまま呼吸を整える。


「なんと言われようと、俺の決意は変わりませんよ。
俺はあなたを守りたいんです」
「…」
「何だか向こうも静かに──」
「そうか、じゃあ───


今ここで死ね」


もう動くことのない、目の前の忠実な部下。

開いたままの目は、それでも俺を見つめている。
そうやってお前は、死んでも俺のことを守ろうとするんだな。

俺を守って死なせるくらいなら、俺がお前を殺してやる。
他の奴の手にお前をかけるくらいなら、俺が。

だって、俺なんかの命を守ることはないんだよ。
俺は自分の命の重さなど、0に等しいと思っているから。

何故なら俺は妾の子で、多くの人を斬って、世間から嫌われて、
信じて慕ってくれていた部下まで、裏切るんだから。


「土方さん、行きやすよ」
「…」
「トシ、大丈夫か?
ザキの始末は、俺らがやってもよかったのに」
「…大丈夫だよ、情なんか移ってないから。
辛いわけないだろ、こんな奴一人殺すくらい」
「そうか、じゃあ行くぞ。
高杉さんが待ってる」
「武市と猪女がそこまで迎えに来てまさァ」
「ああ、今行くよ」


近藤さんと総悟が歩いていく。

本当、お前ら馬鹿だよな。
俺の指示一つで簡単に動いちまって、疑いもしないんだから。

鬼とか言って怖がってたくせに、何俺のことなんか慕ってんだよ。

直ぐ仕事サボるわ寝坊するわ暴れるわ宴会は好きだわ、全く、本当面倒くさくて世話の焼ける奴らだったよ。

餓鬼みてぇな奴らから、これでやっと解放される。


『てめぇら何サボってんだ!
全員まとめて切腹だァァァァ!!』
『す、すまません副長ォォォ!!』


これでやっと楽になる。


『おい、とっくに朝礼始まってんぞ!』
『副長!沖田隊長と局長もまだ来てません!』
『総悟ォォォ!近藤さん!!』


これでやっと休める。


『何だこの大量の請求書。…おい一番隊ちょっと来い!!』
『ふ、副長落ち着け!!』
『これが落ち着いてられるかっ!
放せっ、原田!』


これでやっと肩の荷がおりる。


『副長!
副長もこっち来て一緒に飲みましょうよー!』


これでやっと静かな毎日が送れる。


『副長ォォォォ!!』
『お帰りなさい副長!』
『やっぱり副長はオタクじゃない方がいい!』
『待ってましたよ副長!』


これでやっと鬼兵隊の仕事に集中できる。


『ハッピーバースデー副長!!』
『副長っ、これ俺からです』
『おめでとうございます、副長』
『いつもお世話になってます!』


これでやっと…


『副長!』
『副長ォォォォ!』
『副長』
『副長〜!』

『おい山崎てめぇ何ミントンしてんだ!!』
『ひぃぃいっ、すみませんっ』

『おい山崎!何だこの報告書、作文じゃねぇかっ!!』
『すみません!』

『おい山崎、マヨネーズ買ってこい!』
『はいただ今!』

『おい山崎!』
『はい、お茶をお持ちしました。少し冷ましましたから、
丁度飲み頃だと思います』
『…おう』
『あと、煙草もそろそろなくなりますよね?
買ってきましたから、しまっておきますね』
『…何でわかった』
『へへ、俺は副長の直属の部下ですから!いてっ!?』
『何かムカついた』
『ひどっ!?』
『山崎のくせに調子乗んな』
『すまません…』
『だが、まあ、その、ありがと』 
『!
はいっ!!』

『山崎、ここの潜入捜査を頼む』
『はい、わかりました。いってきます』

『山崎!』
『すみません副長、遅くなりました』
『んなことよりお前怪我っ!』
『はは、ちょっとヘマしちゃって。
でもこれくらい大丈夫ですよ』
『ったく、報告はあとでいいから救護室行ってこい』
『副長』
『あ?』
『山崎退、ただいま戻りました』


副長副長って、うるせぇんだよ、てめぇら、
くそっ、何なんだ、震えが止まらねぇっ…。

山崎、山崎っ!!
返事しろ、いつもみたいに『副長』って呼べ、

そして、そして、


「っ、やまざき、すまないっ」


裏切って、ごめん。

せめてお前の前では、最後まで『副長』のままで居たかった。


嗚呼────


「お前はいつも、必要とすれば直ぐに来たな」


死人しかいないこの空間には、外から波音だけが聞こえる。


窓を開けると、直ぐそこにはどこまでも深く暗い海が広がっている。


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