山×

□紫苑
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子供の頃、絵本の中の登場人物に、憧れを抱いたり、思いを寄せたりしなかっただろうか。俺は、絵本なんて読むような子供時代ではなかったから、そんなことなかったのだけど。そのかわりに、自分の夢のなかに思いを馳せた。夢に出てくる、美しい人。一度も会ったことのない人。聞いたこともない名前を呼んで、俺はその人に駆け寄って笑う。夢の中に出てくるその人の顔は、靄がかかっていて見えない。だけど俺はその人が好きなのだとわかった。

大人になって、俺は何人かの女性と付き合った。それなりに好きだったし、特に不満があるわけではなかったけど、結局その恋はどれも終わりを告げたわけである。

それらの恋とは反比例して強くなっていく、夢の中のあの人への思い。会いたい、あの人に。顔すらわからない、美しい人に。
面影を探して、名前を探して、結局今も、会えないで居るよ──

「───、」

呼んでも声は聞こえない。聞きたいよ、あなたの声。ねえ、あなたは誰なんですか?

───暗い。ここは、…ああ、夢か。俺は今、夢を見ているんだ。見えない、何も。自分しかいない世界、孤独、不思議と恐怖は感じない。

「山崎」

声は聞こえない。だが、確かにそう呼ばれたのがわかる。この感覚。これは、あの人の夢だ。
振り返ると居た、黒い服に身を包んだその人。相変わらず顔はよく見えないけど、きれいでかっこいい人だ。夢の中では彼の声も自分の声もわからない。ただ温かくて、切なくて、そしてどこか悲しい夢。いつも彼は俺に何かを言っているのに、無情にもその言葉は俺には届かない。何とか聞き取ろうとしても、この時間はそこで終わりを告げ、現実に引き戻される。だが。

「あれ、今日は何だか──」

場所が違う。いつもは更地や畳の上なのに、今日は見覚えのある、そう、ここは

「っ……タイムアップか」

ベッドの上で目覚める。時刻は午前4時。今日は学校は休みだ。バイトも今日はない。大学の、しかも3年の後半なんて、そもそもそんなにしっかり休みがあるわけではないけど、今日はいいだろう。

ばた、と再び寝転がる。が、眠れない。目覚ましをかけていなくても、俺は必ずこの時間に目が覚めてしまう。その理由は自分でもわからない。
このままぐだぐだしていても時間が勿体ない、伸びをして俺は行動を開始した。


今日する事はもう決めていた。夢に出てきた、あの場所探しだ。彼の夢で現実に見たことのある場所が舞台となったのは、今回が初めてだった。もしかしたら、会えるかも知れない。会えなくても、何かわかるかも知れない。そんな期待をよそに、その場所はなかなか見つからなかった。

「何処だった、思い出せっ」

その時、俺のケータイが鳴った。何だ、母親からか。
電話に出ると、何てことはない、従姉妹が結婚するという話。俺が電話を切ろうとすると、何気なく母親が言った。

「あ、そうそう、今日物置を片づけていたらね、アンタが小さいとき──」

カチッ、と頭の中の歯車が動き出す。ああ、そうだ、それだ。何かがまだ引っかかる。だが、行けばきっとわかるだろう、俺は電話を切ると走り出した。特急、あるだろうか。金は…、まだ銀行は開いているはずだ。


実家に着く頃にはもう夕陽が沈み薄暗い。俺は家族に会うこともせず、真っ直ぐ物置に向かう。
嗚呼、ここだ、あの人が立っていたのは。物置に入り中を探る。何かあるかも知れない、そんな僅かな期待にかけて。奥へ奥へ、埃まみれになりながら“何か”を見つけるために。すると、見たこともないものが見つかった。

「見たことないな…見つけづらいわけでもないのに」

黒い箱。中を開けてみると、ぼろぼろのいかにも古い冊子や紙が入っている。冊子を一枚めくってみると、掠れてよく見えないが“真選組”と書いてあるのがわかった。


「真選組、かん…監察……山崎…って、俺の先祖?」

そういえば、先祖についてなんて何も知らない。真選組って、歴史に出てくるあれか?隊士の名前なんて誰一人わからないけど。何にしろ期待外れだ、自分の先祖なんかになんの興味もない。だが、何となくパラパラとページをめくっていくと、何かがひらひらと床に落ちた。それは、二枚の写真。

「集合写真か──」

目が引き寄せられるように一点を見つけた。胸が大きく跳ねる。鼓動は加速し、体が熱くなる。
嗚呼、ここに居たんだ、…、ここに居たんですね、あなたは

俺達は、産まれるずっと前に出会っていたんですね。そしてその記憶が、存在が今の俺の中に在る。非現実的だといつもの俺なら嗤うだろうが、何故かすんなりと心に落ちた。でも、それなら。

俺達はどんな別れ方をした?今のこの人には会えないのか?あの人は、夢の中で俺に何を伝えようとしている?

「っ…」

頭に激痛が走る。前世のことは、考えてはいけないのだろうか。頭は冷静なのに、痛みは治まらず立っていられなくなる。意識が遠のく──

──────
─────────

ここは、どこだろう。俺は…嗚呼、そうか、あのまま意識を失ったのか。ということはここは夢?

「山崎!」

驚いて振り向く。あの人が──あの人の声が聞こえてる!だが、呼ばれたのは俺ではないとわかる。今呼ばれたのは真選組監察方の山崎退、生まれる前の、俺。
いつの間にか周りの景色は戦場になっていた。雪がひらひらと降っている。血を流して倒れながらも笑う俺であり俺の先祖、それを抱きかかえて必死に涙を堪えるあの人。綺麗だ、なんて言ったら、不謹慎だろうか。だけど、雪の中に見えるその光景は、あまりにも美しく幻想的で、雪によって黒い彼らと赤い血がよく栄える。

「おいっ、ふざけるなよ!俺を置いていくな、山崎っ!!」

甦る、いや、再生される、の方が正しいだろうか。そうだ、俺はあの人を遺して死んでしまったんだ、あの人を庇って。そして、約束したんだ、来世でまた会おう、と。もし生まれ変わりがあるのなら、俺をもう一度あなたの傍に、と心から願って。

子供の声が聞こえる。振り返ると、現代の景色があった。男の子が2人、どこかに急いでいる。キキィッと車の急ブレーキされる音。大きなトラックに引かれた、1人の男の子。恐らくその子が庇ったのであろうもう1人の男の子は、駆け寄って叫ぶ。その男の子は──幼い頃の、俺?何で?これは、俺の記憶?そんなはずはない、だって俺は、こんなシーン知らない。

救急車の音が聞こえる。引かれた男の子は、弱々しく笑って見せて、幼い俺の頬に触れる。

「さがる、泣かないで」
「どうして俺なんか庇ったの!?」
「さがるだって、昔、俺をかば、っただろ」
「え…?」
「だいじょ、…また、会える、から」
「何言ってるんだよっ、まだずっと、一緒にっ」
「さがる、」

目の前で繰り広げられる光景、俺の頭の中ではそれを追い越すように奥底に眠っていた記憶が走馬灯のように思い出される。
幼い頃、俺達は朝焼けの海が見たくて、朝4時に起きて2人で高台にある公園に行こうと約束した、向かってる途中、トラックが来て、突き飛ばされて、血だらけのあの人、力は弱くなっていって、声が聞こえなくなって、意識がなくなって、救急車が来て、運ばれて、そして、そして、次に見たときは──

「ど、して、
どうして俺を遺していっちゃうんだよぉおぉっ!」

俺のせいであの子は死んだ、俺のせいであの人は今居ない、俺のせいで、俺のせいで、それなのに、どうして俺は今まで忘れてのうのうと生きていたんだ!

「山崎」

いつの間にか流れていた涙も拭わずに見つめ合う。彼は優しく笑っていた。

「もういい、山崎、いいから」
「何がいいんですか、俺のせいであなたは死んだのにっ」
「違う、山崎、お前のせいじゃない」
「俺のせいですよ、俺があの時…」
「俺がお前を護りたかったから護った、それだけだ」
「でも、あなたが居ないと生きてたって意味がない!」
「でもお前は俺を庇って死んだ、置いていかないって言ったのに」
「それは…」
「だから、これでお相子だよ」

薄れていく、声がよく聞こえない。嫌だ、起きるな、俺、まだ、この人と──

「おい山崎、いつまで寝てんだ、さっさと起きろ」
「俺はまだあなたと居たいです」
「何言ってんだ、馬鹿、はやく行け
…待っててやるから」

まだ、後少しだけ待って、俺、言いたいことがあるんだ。精一杯の力を振り絞って、あなたにどうか、届くように。

「土方さん!きっとまた迎えに行きますっ、
だから、そのときは────」


ここは…ああ、物置だ。誰も気づかなかったのか、俺が居るの。不用心な家族だ。
散らばっていた写真や資料をまた丁寧に箱に仕舞い、もとの場所に戻す。
俺の言葉は、あの人に届いたのだろうか。

「…帰るか」

もうあの人の夢を見ることはないかも知れない。寂しいけど、きっとまた会えるから。あの人に恥じない生き方をしよう。そしてもし生まれ変わったら、そのときは、今度こそ。



 追 憶 
遠くにいるあなたを想う

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