山×

□リンドウ
1ページ/2ページ



それは、突然だった


近藤局長が亡くなったのだ
何者かに殺されたらしい

局長の刀が鞘に収まったままなのを見ると、
相当腕の立つ人斬りか、真選組内部の人間だろう

言いようのない衝撃と悲しみに包まれるなか、
副長はいつもの調子で隊を引っ張った

それを見ると沖田隊長もいつもの調子になる
そうして隊はいつもの様子に戻っていく

本当は一番悲しみ傷ついているのはあの人なのに


「山崎、犯人の方はどうだ」
「すみません、まだ掴めていません」
「そうか」
「ただ、内部の人間に間者は居ないようです
だから、安心して下さい」
「あ?俺が斬られるとでも思ってんのか」
「いえ、そうじゃなくて
裏切り者は居ませんから、攘夷の性です」


もし真選組内の人間の仕業だったら副長はもっと悲しむだろう
誰よりこういうことで傷つくのはこの人なのだ


「土方ァ」
「うおっ!?総悟てめっ、あぶねぇだろ!!」
「いやすいやせんね、腕が鈍ってるんじゃないかと心配で
チッ、そのまま死ねば良かったのに」
「今なんか聞こえたけど!?」


副長にはまだ沖田隊長が居る

だからまだいつもと同じ様に居られる


─────────────────────────…


無惨にも切り裂かれた肉、飛び散った赤い液

副長、副長、


「副長っ!」


俺は走った
汗をかいて息を切らして、なだれ込むように副長室へ入る


「どうした」
「沖田隊長がっ…!」
「!」


副長は直ぐに立ち上がり血相を変えて走り出す

後ろを追いかけ走りながら道案内する
現場に着くと、副長は力なく立っていた


「総悟…」


か細く呟いたのは自分のかわいい弟のような、生意気な部下の名前
いつもこの人と喧嘩していた人


「総悟起きろっ!」


膝から崩れ落ちたその人は泣いていた

俺はどうしようもなくて自分の手を痛いほど握り、歯を食いしばる

副長が悲しんでいる
副長が泣いている

俺は…


数日が経って、副長はいつも通りを演じている
隊士達にいつもの賑やかさはない

たった2人居ないだけで、すっかり屯所は静まり返る
それほどに大きい存在だった


「山崎!見回り行くぞ!」
「はい」


いつものように半歩後ろを歩きながらその様子を窺う
目が赤い


「…犯人ですが、鬼兵隊ではないでしょうか」
「河上万斉か」
「現在は行方不明の岡田似蔵の可能性も強いです」
「…しかし奴等は何で俺より先に総悟を」


副長は言葉を切る
先を見ると万事屋の旦那が歩いてくる

副長が少し逸れて会うのを回避しようとするので、
俺もそれに従う


「あっれー土方くんとジミーじゃん」
「…」
「え、ちょ、無視とかひどくね?
つうかジミーまで無視とか、何、どうしたの」
「…」
「最近お妙のとこにストーカーも来なくなったらしいし、
お宅等なんか大変なの?」


局長と隊長が亡くなったことは、真選組内と松平のとっつぁん、将軍しか知らない
攘夷からの襲撃を防ぐためだ

今まで何の反応も示さなかった副長が不意に足を止めて目だけで旦那を見る
少したじろぐ相手を気にもしないで、低い声で呟いた


「いいから俺達と関わるな」
「は…」


それだけ言ってサッサと歩いていく副長の背中を追う
旦那は呆然としているようだ

あの人には弱ってるところを見せたくないのだろう
恐らく副長がいつも通りでいられるのはあの人の存在によるところも大きい


「旦那も倒せるんですかね」
「は?」
「旦那って沖田隊長と互角、もしかしたらそれ以上の剣の腕じゃないですか
攘夷戦争時代にはあの白夜叉だったんですし…」
「…山崎、彼奴のことはマークしてねぇのか」
「旦那ですか?してないですけど
まさか副長旦那を疑ってるんですか?」
「考えてもみろ、近藤さんと総悟を倒せる奴なんてそういねぇよ
何より総悟も刀は握ったようだがそれに犯人の血は付いてない、
近藤さんは刀を抜いてすら居ないんだ

よほど場慣れしていて変装、もしくは気配を消すのが上手いか、顔見知りによる犯行
両方の条件に合うのは…」
「たしかに、合いますけど、でも!」
「奴も昔は攘夷志士だったんだ
紅桜の時も結局はぐらかされたしな

それに」


副長の目を見ると、こちらが本心なのだとわかった


「彼奴は俺等と関わることも多い
狙われるかもしれねぇ」


それは犯人確保より旦那の身を案じてのことだとわかる
隊長を倒せるなら、もしかしたら旦那も…


「わかりました
では、隊の不穏分子調査と鬼兵隊の調査に加え、旦那の身辺の監視を

今日中に準備し明日から行います」
「ああ、頼む」


しかし俺のその仕事は行う機会がなかった

その晩、見回り中の隊士が旦那の死体を発見したのだ


「副長…」


自室で煙草を吹かす副長は、目に見えて疲労していた

己の大将を亡くし、弟分を亡くし、ライバルを亡くし

いつもの覇気は微塵も感じられない
押し込んでいたひどい虚無感と喪失感が溢れでているようだ


「すみません副長っ
今晩から監視していれば…

俺、屯所周辺と、旦那の発見現場行って調べてきます!」


かけだそうと立ち上がったとき、
副長のか細い声が聞こえた


「待て」
「何か他に調べることが?」
「行くな」
「どうして…」
「お前まで行くな!いい、いいから!
ここに居ろ…」


副長が泣いているのがわかった
柄にもなくそんなことを言うのは、きっと


「大丈夫ですよ、副長
俺は殺されたりしませんから」
「どうしてそんなこと言い切れる」
「だって、

だって、俺は真選組一影の薄い優秀な監察ですよ?
敵も俺のことなんか知りませんよ

隊服を着てるならともかく、私服なら目にも入りませんて」


へらりといつもの調子で笑うと、きょとんとした顔で見つめられる

照れて頭をかくと、少し調子に乗って副長の頭を撫でてみる


「アンタを護りきるまで俺は死にません
だから俺もアンタも斬り殺されたりしませんよ」
「山崎…」
「俺、見回り行ってきますね
私服で行くから、大丈夫です」


目はまだ一人にするなと言いたげだけど、
理性の戻ってきた彼はそんなことは言えない

着替えて廊下を歩いていると原田が向かいから歩いてきた


「あ、山崎」
「原田
お前映画のチケットなんて持ってどうしたんだよ?」
「副長にあげようと思ってさ
ちょっとは元気出してくれるかも知れないだろ?」
「そっか」
「お前こそ私服でどこ行くんだよ?
こんな時に」
「見回りに行ってくる、旦那を殺った犯人がまだ近くに居るかも知れないし」
「一人でか!?
あぶねぇぞ、今度はお前が──」
「大丈夫だよ、俺なんて地味な上に私服で居たら目にも入んないって」
「そんなこと言ってもお前だって幹部なんだぞ
…よし、俺も行く」
「え?副長にチケット渡すんだろ?」
「それは後でもいいさ
待ってろ、直ぐ着替えてくるから」


原田も隊長だ
腕っ節はそれなりにある

だけど…


「旦那が倒れてたのはここか」
「随分と人通りの少ない所みたいだよ」
「目撃者を探してみるか」
「それは無駄だよ」
「山崎、いくら人通りが少なくてももしかしたら居るかもしれねぇだろ」
「そうじゃねぇよ」


俺の刀が鞘に収まると同時に原田は倒れる

びしゃあ、と大量の血が飛び散る
近くの焼却炉に羽織りを捨てていこう

羽織り以外に血が付いてないことを確認して屯所の近くから走り出し、
汗をかいて息を切らしながら副長室の戸を開ける


「副長!原田がっ、…」


ああ、これでまた一つあなたは美しくなる

.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ