山×

□木槿
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本当に雑魚共だったらしい相手は、
ものの10分で片づいてしまった

もっと、この人の振る刀を見ていたかったのに

橋の手すりに背を預けて二人でどかりと座り込む
傷からはまだ血が滲んでいる


「お前、本当は強ぇんじゃねぇか
…何で応戦しなかった」
「したでしょ」
「俺が来なかったらあのまま殺されただろ、抵抗もしないで」
「それは俺が弱いからじゃないですか」
「なに…」
「あなたこそ、何で俺なんかのこと助けてくれたんですか?」
「…お前がくれた情報、すげぇ綿密だったろ
だから身も狙われてんじゃねぇかと思って」

さっき渡した情報はこの人の手に渡ったのか

暗くてよく見えない男の藍色の目を見つめながら呟くように言う


「嘘吐くの下手ですね」
「は!?」
「俺が心配で付いてきたんじゃない、
攘夷側と幕府側のどちらの味方なのか確かめたかったんでしょ

高杉達から依頼を受けたときも、幕府に情報渡したときも、俺の跡をつけてた」
「…気づいてたのか」
「あなただとは思いませんでしたけど」


でもこの人につけられていたと確信したのは、今この人の瞳を見たとき

つけられてる気配はしてたけど、その気配が微量すぎて見過ごしていた


「…どっちでもねぇんだな」
「ええ、まあ
依頼を受ければその仕事をしますけど」
「何でこんな仕事してる?」
「普通の仕事より報酬いいので
リスクは高いけど、大怪我したこともありませんし」
「命が惜しくねぇのか」
「別に
俺の命なんて金で買えるので」


少しの沈黙

先程より短くなってほどけた髪は、
それでもこの人の肩より少し長い

きれいなひとだな、と思った
あまり感情の読み取れない、だけど、
瞳の奥が俺のことを探ろうとしている

金で買えると言った瞬間に、心苦しそうに一瞬だけ顔をしかめた


「優しいんですね、アンタ」
「は…」
「今辛そうな顔をした」
「そんなこと、」
「それに咄嗟に俺なんかの命庇ってくれた
鬼になろうとしなくていいんじゃないですか、別に」
「…んなこと、思ってねぇよ」 
「嘘つきだなあ」


へらりと笑って踞(しゃが)み、
相手の顔を覗き込む


「名前、聞いても良いですか」
「…土方十四郎」
「“土方さん”、シンセングミがどう言うものかは知りませんけど、
幕府側なら俺は敵になってしまうときもありますね」
「そん時は容赦なくしょっぴくぞ」
「あはは、あなたになら捕まっても良いかな」
「お前、名前は?」
「斉藤に高橋、中川山田林…色々ありますよ」
「そうじゃねぇよ、本名は」
「普段は適当に言うんですけどね
土方さんには教えても良いかな」
「…」
「山崎です。山崎、退」


立ち上がってパンパン、と尻を払う

シンセングミ頑張って下さいね、と伸びをしながら笑顔で言う


「どうかご自分を大切に、土方さん」


あの人と居たら、俺も生きがいを見つけられたかもしれない

こんな人生にも、意味ができたかもしれない


楽しかったです、土方さん
ありがとうございました、さよなら

“深入りも長居も禁物”、この人に迷惑をかけたくないから


「山崎退!」


ドクン、胸が高鳴る
いつ振りかに呼ばれた俺の名前

名前を呼ばれただけで、こんなに世界がクリアになるなんて

振り返ると、土方さんも立ち上がり俺を真っ直ぐ見ていた


「お前の命、俺に預けてくれねぇか


どうせ捨てるくらいなら、金で売るくらいなら、その命俺に預けてくれねぇか、山崎

俺達と一緒に来い」


捨てるくらいなら、金で売るくらいなら、…

そんなことするくらいなら、


土方さんの元まで戻り跪く
心を込めて、真意を込めて、しっかりと


「俺の命、あなたに捧げます」


そんなことするくらいなら、

俺の命、この人を守るために捧げよう

この人がくれた熱を感じ、鼓動の音を聞き、鮮やかで美しい世界で、

この人を守るという意味を持って、生きていこう


「何処までも、あなたについていきます」


ゆかしいこの人に魅せられたらこの日から

俺は生きる意味を知った


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