銀×

□月下ノ美人
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闇夜に紛れた、黒い影。

「土方」

また新たな仕事を貰う。忍は、色々な仕事を受ける。情報や宝を盗む、主の護衛、調査、そして暗殺。今回は、人の命を貰う仕事だ。暗闇に殺す。まさに、俺達の本業と言っていいと、俺は思っている。土方というのは渾名だ。本名など必要ない。

名前を捨て己を捨て、闇に紛れて任務を済ます。俺は影。決して輝きひとりの人間として見られることなど、ない。しかしそれでも俺は何の不満もない。

今回の標的が何をしたのかなど、興味もない。恋敵だった、目障りだった、気に食わない。そんな何でもないような理由で、人は他人に殺意を抱き、そして俺に殺せと依頼してくる。醜いなどとは思わない、浅ましいとは思うが。人間など、そんなものだ。浅ましくて愚かな生き物。そして俺は、醜くて卑劣な、人にもなりきれない屍、だから。

苦しくない、躊躇しない、心なんか痛まない。心なんか、ない。

「承知」

俺は全てを捨ててきた。名前、記憶、感情、存在。だから、何でもないはずだ。それなのに、嗚呼、魔が差した、とでも言うのか──否、俺の弱さ。一目みたいだなんて、一言声を聞きたいだなんて、思ってしまったから。

油断させるために化粧して、着飾って、女に化けて歩いた。それがまさか、まさかこうなるとは、思ってもみなかった。

『あなたに一目惚れしました』
『なので、あの、また会えませんか』

どうして、俺は会いたいなどと願ってしまったんだ。どうして、俺は男だと明かしてしまったのか。どうして、俺は陰間だなんて言ってしまったのか。どうして、あいつは俺なんかに惚れたのか。どうして、俺は、もう一度会いたいと願っている…?

──明日、あいつは来るのだろうか。いいだろう、惚れたのなら尚更油断する。それを狙えばいい。

何も間違ってなどいない。相手を油断させるためだ。それなら明日は女装する必要はないだろう。待っているところを狙えばいい。いや、来ない可能性だって十分にある。その時は通常と同じようにシゴトをすればいい。とにかくあの場所に──行くのか?俺は、行って、俺を待っているあいつを見て、いつも通りこなせるか?普段なら、少しも狂うことなく終えられるだろう。万が一手元が狂っても、多少は何の問題もない。だけど、あいつは違う。少しのミスも許されない。白夜叉と恐れられた男なのだ。ミスを犯すことなど、俺はない。だが、今の俺が、あいつに会って、通常と同じく動けるだろうか?感情を殺せ、俺は生きてなんかいない、生きてなんか…──


──────────────────────────────


あれだけ遅れたにも関わらず、あの男は待っていた。全く怒ることも、怪しむこともなく。どうしてあれだけの男が、俺のことを疑わないのか。否、そんなことより、俺は何故、明日も会う約束を取り付けてしまったのだろう。待て、焦るな、落ち着け、俺。今は冷静さを欠いているだけだ。明日、明日が最後だ。あと一日だけ、あの男と話しがしたい。そしてシゴトを終えれば何の問題もないのだ。俺は何も間違ったことはしていない。

「土方。仕事だ」
「はい」
「数は多いが、お前ならできるだろう」
「はい」
「ところで、白夜叉はどうだ。
珍しく日数がかかっているようだが?」
「念のため、相手を油断させてから、と考えています」
「ふむ、任せたぞ」

数など全く問題ではない。雑魚がいくら集まったところで、所詮雑魚のまま。子の刻まであと一刻。十分な時間だろう。あの男と会うとき、余計なことを考えないために調度いいかも知れない。
俺は剣を振った。無心で、何も映さず、何も聞かず。俺はやはり、何も感じなかった。嗚呼、血の臭いを落とさなくては。あの男が嫌な顔をしないように。


───────────────────────────────…


今日は初めて、子の刻より少し前に来た。だが、あの男…坂田銀時の姿が、ない。まさか、正体がばれたのだろうか?坂田銀時は、来ないのではないだろうか。いや、それでも、まだ待とう。

視線をフと足元に移すと、月下美人が咲いていた。俺と似ているようで遠い花。互いに月の下でしか生きられないのに、あの花は美しく、俺は醜い。

急いでいる足音がする。俺は着物を正した。

「悪ィ、待たせた!」
「銀さん!
いえ、大丈夫ですよ、珍しいですね」
「ああ、ちょっと仕事で」
「お仕事ですか。
そういえば、万事屋をされてるんでしたね」
「まあな」

坂田は俺のことを疑っている様子もない。何故気づかないの、俺は、覚えているよ、忘れたことなど──忘れたことなど、本当にない。

「でも、何でも売るお店、ではなく、何でもするお店、なんですよね?」
「そう。報酬さえくれれば何でも。まあ、俺のできる範囲内でな」
「報酬さえくれれば何でも、ですか。
何だか、忍びみたいですね」
「それはちげぇな。
彼奴等は金で仕事を選ぶことも多いが、俺は自分の魂に従って選んでる。
無闇に命奪ったり盗んだりはしねぇよ。

まあ、知り合いにそうじゃない忍びもいるから一概には言えねぇけど」
「そうですか…そうですよね。
銀さんは、やっぱり心の綺麗な方です」

やっぱり、ただ無情に奪うだけの忍びなんて、嫌悪しか抱かないよな。いくら坂田が馬鹿なお人好しだろうと、俺の正体を知ったら……。坂田が惚れているのは、俺じゃない。俺が演じている、空想の陰郎。

なあ、気がついて、気がつけよ、銀時。
俺は、お前は、昔、

「綺麗だよ」
「え…」
「この黒い髪も、この白い肌も」

唇に坂田の指が這って、思わず動揺する。
何、やめてくれ。そんなことをされると、俺は土方で居られない。

ああ、くそ、銀色が美しすぎる。

「この唇も青い瞳も」

逃れようとするけど、体に力が入らない。放れたくないと、心が否定する。体を預けないように立っているのが精一杯だ。

赤い瞳は優しく、必死に俺を見つめているから、俺は顔を背けた。

「体のすべて、仕草一つ一つ、」

顔を上げられ、見つめられる。うるさい、煩い黙れ、なくしたはずの心が騒ぐ。違う、俺は今、陰郎。一人の男に惚れるなんて、有り得ない。銀時、見ないで、俺を。その目で見られたら、人に戻ってしまう…!

「心も、お前の存在すべてが、綺麗だ」

違う、俺は綺麗なんかじゃない。あの頃とはもう違うんだ。ねぇ気がついて、俺は、 お 前 を 殺 そ う と し て い る ん だ よ 。

お前はそんな俺を、変わらず綺麗だと言ってくれるの?

俺の指先に坂田の手が触れ我に返る。反射的に払いのけると坂田の悲しそうな顔が見えて逃げるように去った。

「土方、仕事だ」

本当はあいつの手に触れたかった。

「御意」

あいつの体温を、少しでも長く感じていたかった。

「助けてくれっ、命だけは…!」

そしてそのまま、どこか遠くへ攫ってほしかった。

「あぁああがっ!」

たけど、この手を見たらばれてしまう。

「ぐぁっあ」

傷だらけで節くれだってゴツゴツの、陰郎に似合わないこの手。

「ぁ、ぁあああっ…ち、…ち、うぇっ」

女子供関係なく、命幸せ日常

「…っあ、はぁ、」

全てを奪う、この汚れた手じゃ、触れられない──

「あ、はは、ははは」

臭い、血の臭いだ、ぐちゃぐちゃと、何かの音がする。

「はは、あはははは、くくくっ…」

何も思わねぇよ、殺したのが餓鬼だろうが、二人分の命の女だろうが、何も感じねぇし躊躇いもねぇ。これが俺なんだ。盗んで人を殺して、そうすることで俺の人生は成り立っている。沢山の命を奪って俺は飯を食っている。
『綺麗だよ』
ああ、本当に。お前は綺麗だよ、俺には眩しすぎて目がくらむほど。綺麗だよ、傍に居たいよ、触れていたいよ、ア イ シ テ イ タ イ ヨ 。だけどそれは叶わない、俺はこんなにも汚くて醜くて卑怯で、銀時と生きることなんて、もう許されないんだよ…っ!

「あああああああっ!!」

頬を何かが伝っている。




ああ、ああああああああ、殺してしまった。また殺してしまった。しかも子供だった、まだこれから楽しいことがたくさんあっただろうに、その人生全てを潰してしまった。あああああああああぁぁ…。殺してしまった、ころしてしまった、しかも妊婦だった、まだ生まれてもいない命がいた。きっとあの命の誕生を心待ちにしている人がたくさん居ただろうに。あああああああああああああ殺してしまったコロシテシマッタ、シアワセ全て潰しテしまっタ。汚レテしまッタケガレテシマッタ、また汚れてシマッタ。モウキレイじゃない俺のコとミテクレナい、アイしてクレなイ。ああぁあァアああァああアァアあアア嫌だイヤだイヤダ。アイシテ、俺を愛して見捨テナイデキレイダトイッテ、オレヲ見て、銀時、離レナイデ、傍ニイテ、銀、オマエヲコロサナキャ。俺は忍、俺は忍土方、ココロナンテナイ、アイシテなんかナイアアアアアゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ。どうしてオレは生キテルノ何の価値もないクセニゴメンナサイごめンなサいごめんなさいオレハヒトゴロシデス
─────────────────────────────…

今日も月は綺麗に浮かんでいる。こんな風に思うのは、銀時と再会したあの夜からだ。そしてそれは、明日の満月で終わりを迎える。

今日も俺を待っているいつもの影。嗚呼、居なければよかったのに。そうすれば、お前は寿命まで、美人な嫁と、かわいい子供と、沢山の孫に囲まれて、幸せに生きてゆけたのに。

大切に大切に、息を深く吸ってその名を呼ぶ。

「───銀さん」

ねぇ、話しをしようか。ゆっくり、ひとつひとつ、君の大好きな声を耳に刻みつけて。この月下の美人のように、今は、俺も全てを忘れて、銀時が綺麗だと言ってくれた、あの頃に、一人の人間に、戻るから。

今は土方なんかじゃない、忍びなんかじゃない、暗闇に蠢く獣じゃない。月の下に生きる、美しい花のように、今夜だけは生きさせて。

たった一日、あと一日と延ばしてしまったけれど、今日が本当に最後だから、数年ぶりに、人生で二度目、あの満月に、神様に、祈るよ。

どうか今夜は、幸せになることを許して下さい───…。



























「なあ、俺は坂田銀時。
お前は?」
「おれは──。

俺は、十四郎」
「とうしろう。
十四郎。やっと呼べた」
「…ぎんとき」
「十四郎」
「銀時っ」

そう呼び合って、笑った。
笑顔というものを知った。

二人で沢山遊んで、二人で沢山歩いて。
楽しかった、本当に。幸せだった、心から。

名残惜しいけれど、帰らなければ殺されてしまう、銀時まで道連れに。


「泣くな、きっと会えるから」
「銀っ…」
「綺麗な満月が出てるだろ。
月には神様が居て、祈れば叶えてくれるって先生が言ってた」
「本当?」
「松陽先生が言うんだから、本当なんだろ。
良い行いをしていれば、その分だけ叶えてくれるんだ」
「俺は、汚いから…俺の願い事は、叶えてもらえないよ」
「そんなことない。
お前は…十四郎は、綺麗だよ」


そして祈った。小さな小さな手にぎゅっと力を込めて、
大きく美しい満月に、神様に。

神様、どうかもう一度銀時に会えますように。そして、


ふたりで、幸せになれますように。


「銀時は何て祈ったの?」
「十四郎が長生きしますようにって」
「えー、どうして?」
「十四郎が長生きしてくれれば、俺が何度でも俺が見つけられるから」


───神様は残酷だ。一つだけ、こんな形で叶えてしまうなんて。否、祈った俺が悪いのか。
あの日、いつもと同じく殺ってしまえばよかったんだ。こうなることくらい、わかっていたのに。嗚呼、それでも俺は



 ただ一度だけ、会いたくて。


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