銀×

□月下美人
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「おー、綺麗な月」


誰に言うでもなく呟く。だって、あまりにも大きくて明るい月だから。こんなに美しい月は、滅多に見られないだろう。これが満月になったら、どれほど綺麗なことか。あと数日もすれば、それが見られる。

まあ、その数日後に生きているかはわからないわけだが。だがそうそう死ぬ奴じゃないことは自分が一番わかっているので、恐らくは見られるだろう。その日が晴れれば、月見酒でもしようか。

肩が何かにぶつかった。人だ。上ばかり見ていて全く気がつかなかった。いつから人なんて居たんだ?気配も感じなかった…俺も落ちたもんだな。それとも、この相手がただ者じゃねぇのか。
よろけた相手を受け止め、顔を確認しようと体をこちらに向けさせる。


「っと、悪ィ───」




「…」




「─────っ」








「っあ、悪ィ!」
「いえ…私の方こそ」


息が止まった。何も聞こえなくなった。何も見えなかった、目の前にいるこの人以外。美人──こんな美しい人が、本当にこの世に存在するのだろうか。
相手は俺から離れ、姿勢を正す。ああ、行ってしまう、このままじゃ。何か、何か言わないと。


「月」
「え?」
「月が、綺麗ですね」
「ああ…、そうですね。
見とれて歩いていたら、ぶつかってしまって、すみません」
「い、いやそんな!
俺も月ばかり見てて、全然気がつかなくて」
「そうでしたか。
それじゃあ、お互い様ですね」


ふありと微笑む顔が色っぽくて淑やかで吸い込まれる。瞬きをするのも惜しく、目をそらすことなんて当然できない。言葉が詰まる。何も言えなくて、相手はそれじゃ、と言って俺に背を向けて行ってしまう。何か言わないと。何か、何か…。


「あ、あの!」
「はい?」
「あ、えーっと…、また会えますか」


何を言えばいいのかわからず、ただ会いたい一心で思わず口から出た言葉。まずい、いきなりまた会おうなんて、変な奴だと思われただろうか。相手は少し考え込んでいるように見える。嫌われないうちに、何とか弁解しないと。


「あ、すみませんいきなり!違うんです、普段からこんなこと言ってる訳じゃないから!その、あなたが、あまりにも綺麗で、

ってこれじゃ説得力ねぇ!!えーっと、…ごほん。
俺、坂田銀時って言います、あなたに一目惚れしました」
「え…?」
「なので、あの、また会えませんか」


心臓がバクバクいってる。体がすごく熱い。やっぱり、怪しまれただろうか、いきなり、こんなやつ。それでも、俺は何一つ嘘は言っていない。まさに、一目惚れ。月明かりに照らされた黒い艶やかな髪、色白で美しい肌、ゆっくりと艶めかしい口調に仕草。少し戸惑っている今の様子も、すごくかわいい。


「…あの、」
「は、はい!」
「私を、好いてくれたと…?」
「はい、その通りです!」
「私は男ですが、それをわかって?」
「はい、もちろんで…え?」


え、今なんて?男?
やっぱり、と呟いてくすくす笑う。袖で口元を覆ったその姿がたまらなく愛らしい。

あれ、でも花魁みたいな格好してる、よな?普通の女の格好を、少しはだけさせたような。


「今は背が小さく見えるように歩いていますが、本当は銀時さんとかわらないくらいあるんですよ」
「え、そうなの!?」
「はい。ごめんなさい、紛らわしい格好をしていて。
でも嬉しい、女に見えたのなら」
「あの、え?」
「これ言ったら嫌われるかな。
私、陰郎なんです」
「かげろう…って、陰間のこと!?」
「はい」


俺には高級すぎるし興味もねぇから行ったことなかったが、陰間にこんな美人が居たのか…。なるほど、それならこの色っぽい表情も、しなやかな仕草も、納得だ。
金持ち野郎達が、この体に好き勝手してるなんて、考えただけで嫉妬してしまう。俺ってこんな執着心の強いやつだったっけ?

陰間に行けば、会える。それでも俺にそんな金はない。そもそも、もし会えても一晩の、それも線香の燃え尽きるまでの短いそんな時間じゃ、いやだ。見受けをできればいいが、一晩の金さえ俺にはないのだ。


「あなたが俺には手の届かない存在だってことはよくわかった。それに、俺は男には興味みぇし」
「…そうですか」
「でも、あなたは…
お前は別だ!俺にはお前を引き取るどころか、一晩会う金さえない。だけど、俺はお前が本気で好きだ」


瑠璃色の瞳が揺れる。眉を下げ伏し目がちに思案する彼女──彼は、俺を引き寄せ闇に誘っているように見え、息をするのも忘れるくらいクギヅケになる。

…やっぱり、無理だろうか。勢い余ってと言うか、何というか、とにかく必死に告白してしまったけど、実際こんな貧乏人に告白されたところで、相手だって対応に困るだろう。それじゃあ特別に無料で会いましょうか、なんてそんな都合のいいものでもないし。俺は一目惚れしたわけだけど、相手は別に俺のことなんて好きじゃないわけだし。


「…月の輝く子の刻に」
「え」
「この場所で、また」


ふわりと愛らしく笑み会釈をして闇に溶けていく。その姿を暫くぼーっと眺め、彼の背が消えてどれほど経ったか、月が傾き雲に隠れようかという頃、漸く言葉を理解した。


「明日も会えるってこと…?」


わからない。またって、いつ?いつの子の刻?何で、会ってくれるの?騙されてる?からかわれてる?何でもいい、会えるのなら。

ああ、はやく。早くまた、夜がこないか。今より少しだけ膨らんだ、綺麗な月が。
まだこの月が沈まないうちにそんなことを考える俺が滑稽に思えて自嘲しながら、それでも俺はスキップ混じりに帰路を歩いた。おそらく、にやにやして頬を赤くした、恥ずかしい顔で。

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